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カテゴリ:[ 歴史 ] キーワード: 日本古代史 古代史 渡来人


11181件の内、新着の記事から50件ずつ表示します。


[11757] Re: 正統;マクロな視点で科学的に日本人を見ること

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月20日(日)00時50分32秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11756[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> まー、縄文人、旧石器時代人の影響については、以前いらしたasiさんでしたっけ、Y-D論者の意見をおききしたいところですね・・・。
>

asiさんですか・・・あれ以来来てないんですか?心配ですね(笑)

D1a2aは何を今更という気がするので、O2(旧O3)のF444、M188あたりと、それにC2が大事になって来ますね。まあ、M133には及ばないでしょうが。

それと、大陸と比べると日本の歴史は遥かに浅いので、例えば、富山に「M188の民族」がやって来て云々という訳にはいかないでしょう。紀元前2000年頃の大陸でF438の古代人が甘青地区や長城地帯に頻発するのとは次元が異なります。

「日本国家の歴史」を紀元前後としましょうか。この時期に日本に来た集団はO2やC2が多かったでしょうが、大陸の東部と朝鮮半島で既にシャッフルされています。O2の中でもM188は大陸でそれほど多いというわけではないので、「M188の民族」が富山に来たというのではなくて、「偶然に」誰かM188の有力者が富山にいて多くなったと解する方が自然ですね。また、富山の例は、現代人であるのに加えてサンプル数も少ないことも気になります。

> そうですね、CTS1642だけでは少なすぎる・・・、月氏や百越の動きを考える上でも、もうひとつ、ふたつ、同様にして彼らにCTS1642同様に、混じっていたハプロを探す必要がありますね。
>

うーん、「月氏」と名指しするのはやはり奇妙に響きますねぇ~。雲南に下りて来た集団はチベット・ビルマ系の彝族などロロ・ビルマ系です。月氏ではないです。すると、そのハプログループはCTS1642のうち古い層のサブグループや、ロロ・ビルマ系に多いサブグループF14408、ビルマ方面にもいるF14249ですかね。F6800とF438はチベットにもいますが、彝族にいるかは分かりません。まだ見たことないです。




[11756] Re: 正統;マクロな視点で科学的に日本人を見ること

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月19日(土)22時41分37秒   通報   返信・引用 > No.11750[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。
>
>
> 古墳文化人と1万人規模の現代日本人のゲノム解析によって、既に日本人起源論は解決しました。縄文人ゲノムが現代日本人に10%しか残っておらず、D1a2aがアンダマンのD1a2bと兄弟であることが分かった時点で、とうに終わっています。化けの皮が剥がれてしまったいう感じですね(笑)(これは日本人にとっての縄文人の化けの皮が剥がれたという意味なのであしからず。日本人のルーツは古代北東アジア人です。縄文人は、日本人に侵略され権利を奪われたアイヌの重要なルーツのひとつです。ルーツを盗んではいけません)
>

まー、縄文人、旧石器時代人の影響については、以前いらしたasiさんでしたっけ、Y-D論者の意見をおききしたいところですね・・・。

アイヌ文化とのかかわりは重要です。

> 日本人にも関わるハプログループで今一番ホットなのはO-F438です!図の通りです。
> 現代日本人に2%しかいませんが、「正統」というのはそんなところでしょう(笑)
>
>  図1のアファナシェヴォの"Patoral farmers"というのは、F438古人骨が分布している長城地帯の「牧畜型農耕民」と同じですね。アファナシェヴォに農耕を齎したのは、中央アジアのBMACに加えてバヤン・ウルギーのF438かもしれない。図2では、雑穀と小麦の混合を示す黄緑色の帯が、河西回廊からサヤンに延びているのが分かります。
>

なるほど・・。

> このようにF438は大陸と大きく関わるという点でもとても重要で、やっとマクロな視点で科学的に日本人を見ることができるようになったという気がします。私も中央ユーラシアとの接点がないとつまらない質ですから喜ばしいです!D1a2aやO1b2、O2のM134以外だと大陸の隅っこだけですからね~。あとは日本の他のM133やF444、C2がどこまで加わって来るか。
>


O1b2論者も、そろそろ出てこないかな???


> 西戎の正統な祖はF438ー。
> これは古代DNAの分布からほぼ間違いないです。私が睨んでいた通りでした。
>
> だって、西戎がチベット・ビルマ系O-CTS1642だったとすると、羌が殷代に黄土高原に拡がっていて、その後も中国内地に盛んに進出した割には漢族にCTS1642が少な過ぎますからね。甘粛・青海の羌の古人骨にもCTS1642系統が全くいなかったのは正直意外でしたが。
>

そうですね、CTS1642だけでは少なすぎる・・・、月氏や百越の動きを考える上でも、もうひとつ、ふたつ、同様にして彼らにCTS1642同様に、混じっていたハプロを探す必要がありますね。




[11755] 亀ヶ岡土器と甲骨文字

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月19日(土)22時19分26秒   通報   返信・引用

昨晩お話した亀ヶ岡土器には甲骨文字が刻まれていたとの説を記している著作ですが、その著者の佐藤国男さんのサイトがありましたので、お知らせします。こちらにその縄文土器と甲骨文字との比較開設が載せられてますね。
http://www.nhakodate.com/jomon_site/dogu.html


殷と亀ヶ岡文化との関係性は、以前も紹介したとおりで、可能性は強いと思いますし、その文字が縄文晩期の文化に継承されていたことも考慮すべきかとおもいますが、また佐藤さんはアイヌ文化との関係性も指摘されているようです。ぜひご興味ある方は、ご覧なってみてくださいね・・・。

こちらから購入できます。
https://www.amazon.co.jp/%E5%A6%84%E6%83%B3%E3%81%8B%E5%A4%A7%E7%99%BA%E8%A6%8B%E3%81%8B%E2%80%A6-%E4%BA%80%E3%83%B6%E5%B2%A1%E5%9C%9F%E5%99%A8%E3%81%AB%E3%81%AF%E7%94%B2%E9%AA%A8%E6%96%87%E5%AD%97%E3%81%8C%E5%88%BB%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F-%E3%80%8C%E7%B8%84%E7%9B%AE%E3%81%AF%E8%9B%87%E3%80%8D%E3%81%8C%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%80%82%E5%B1%B1%E7%8C%AB%E5%8D%9A%E5%A3%AB%E3%80%81%E7%B8%84%E6%96%87%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%81%BF%E8%A7%A3%E3%81%8F-%E4%BD%90%E8%97%A4-%E5%9B%BD%E7%94%B7/dp/4906833055



[11754] Re: Central Eurasia

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月19日(土)20時36分2秒   通報   返信・引用 > No.11753[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

> https内容の説明ですが、間違っていますよ・・・
>

ひとりで突っ込まれても知らんがな(笑)
あんたが揚げたhttpsなんて一度も覗いたことないがな(爆)



[11753] Re: Central Eurasia

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月19日(土)18時55分30秒   通報   返信・引用 > No.11752[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 秦野さんでは無理でしょうねぇ~。井の中の蛙。

荘子の「秋水篇」にある「井蛙不可以語於海者、拘於虚也」

https内容の説明ですが、間違っていますよ・・・

https://ats5396.xsrv.jp/6571/

皆さん、井(いげた)の意味を知らない、井戸と解釈している。

拘(こだわ)るのは虚しい。で閉めている。

鵜族は知らなくて宜しい。

https://www.youtube.com/channel/UC0S1Wl7M5js_1zRueXEmwpw/videos




[11752] Central Eurasia

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月19日(土)17時54分13秒   通報   返信・引用 > No.11751[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

秦野さんでは無理でしょうねぇ~。井の中の蛙。



[11751] 池田満

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月19日(土)14時22分25秒   通報   返信・引用

池田満は何者だ、本居宣長といい勝負だな。シマオゥさんと同族?

古事記には仁の字が有るの、論語ですな、池田満は理屈コネまくってますな。

昭和30年(1955)大阪府 生まれ。 (写真:熊野の産田神社にて)
 池田満は、17才の時(1972)に、『ホツマ ツタヱ』に巡り会う。ここで即座に、厳格な松本善之助氏に入門を決意する。

「ヲシテ国学 初めから」 第001話2 「アワウタ(アワのウタ)を、唱えましょう」
https://www.youtube.com/watch?v=pjg1ntLIBmA

https://www.youtube.com/channel/UC0S1Wl7M5js_1zRueXEmwpw/videos



[11750] 正統;マクロな視点で科学的に日本人を見ること

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月19日(土)04時18分44秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11749[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> 神代文字疑惑と8母音説
> 池田満によると、記紀の原書であると認定できるとの報告がある[7]
> 縄文土器とかその文字と関連付けられているのが興味深いですね・・・。
> 最近、そう、縄文土器に殷の甲骨文字が記されているという本を買ったのですが、またあとで読んでお知らせしますね。何か関係するかな・・・。
>

この辺り、ミステリーなところが一般の目には面白いのでしょうが、学問的ではないので無視してください。縄文人とこじつけるのも、生産的でなく無駄な作業です。

古墳文化人と1万人規模の現代日本人のゲノム解析によって、既に日本人起源論は解決しました。縄文人ゲノムが現代日本人に10%しか残っておらず、D1a2aがアンダマンのD1a2bと兄弟であることが分かった時点で、とうに終わっています。化けの皮が剥がれてしまったいう感じですね(笑)(これは日本人にとっての縄文人の化けの皮が剥がれたという意味なのであしからず。日本人のルーツは古代北東アジア人です。縄文人は、日本人に侵略され権利を奪われたアイヌの重要なルーツのひとつです。ルーツを盗んではいけません)

日本人にも関わるハプログループで今一番ホットなのはO-F438です!図の通りです。
現代日本人に2%しかいませんが、「正統」というのはそんなところでしょう(笑)

図1のアファナシェヴォの"Patoral farmers"というのは、F438古人骨が分布している長城地帯の「牧畜型農耕民」と同じですね。アファナシェヴォに農耕を齎したのは、中央アジアのBMACに加えてバヤン・ウルギーのF438かもしれない。図2では、雑穀と小麦の混合を示す黄緑色の帯が、河西回廊からサヤンに延びているのが分かります。

このようにF438は大陸と大きく関わるという点でもとても重要で、やっとマクロな視点で科学的に日本人を見ることができるようになったという気がします。私も中央ユーラシアとの接点がないとつまらない質ですから喜ばしいです!D1a2aやO1b2、O2のM134以外だと大陸の隅っこだけですからね~。あとは日本の他のM133やF444、C2がどこまで加わって来るか。

西戎の正統な祖はF438ー。
これは古代DNAの分布からほぼ間違いないです。私が睨んでいた通りでした。

だって、西戎がチベット・ビルマ系O-CTS1642だったとすると、羌が殷代に黄土高原に拡がっていて、その後も中国内地に盛んに進出した割には漢族にCTS1642が少な過ぎますからね。甘粛・青海の羌の古人骨にもCTS1642系統が全くいなかったのは正直意外でしたが。

CTS1642は北方の羌や戎狄とは基本的に別物と考えて良いでしょう。
管理人さんが関心を持っている西南夷ですね。



[11749] 百越のハプロと言語3

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月19日(土)00時03分55秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11745[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。
>
> 明らかに軍事力と文化で劣るヤポネシアや東南アジア、華南の原住民をM134が征服(大掛かりな軍事行動とは限らない)したのはある意味当然なので、フロンティアは漠北ですね!モンゴル帝国と清帝国のイメージが強いので、つい彼らが常に主導権を握っていたと勘違いしがちですが、遺伝人類学的データを見るに、北方においても紀元前後までM134が主導権を握った可能性が高いですね。北方モンゴロイドの形質は彼らが基礎にあると見ています。アムール河と黄河の集団が間違いなくモンゴル高原の集団の中身(DNA)を決めています。



お返事、ありがとうございます!そうですね、特に金属精錬技術をもっているか否かは、軍事、農耕、都市構築と大きな相違をもたらすでしょうからね。

それで、昨晩、月氏のハプロの可能性を考えたO-CTS1642ですが、ご紹介の図ではCTS4658となってますね。吐蕃と同一視されてますね、興味深いです。

でも、たぶん、その南東の南詔王国の祖先と結びつけるべきかもしれません。ウィキは下記のとおりです。




雲南の地は古くから中国とインドを結ぶ西南シルクロードが通る重要な交通路であり、中国王朝の勢力は時に雲南を抑えることもあったが、必ずしも浸透していなかった。8世紀半ば、吐蕃の勢力がこの地方に南下して来ると、交易ルートの確保を巡って唐と吐蕃の確執が起こった。

当時、雲南の洱海地区(現代の雲南省大理)には六詔(中国語版)と呼ばれる政治権力があった。詔(チャオ)は王を意味するタイ語「チャオ」[1]に関連すると考えられるが、彼らは烏蕃族[2]と呼ばれるチベット・ビルマ語族であった。六詔の最南部に位置する蒙舎詔は初代・細奴邏(中国語版、ベトナム語版)が7世紀半ばに唐に朝貢したことが記録されている。

建国
第4代の皮羅閣(中国語版、ベトナム語版)という者が唐朝の後押しを得て六詔の統一に成功する。738年に唐は皮羅閣を雲南王に冊封しており、この年を南詔建国と見ることができる。

滇 - 夜郎 - 爨 - 六詔 - 南詔 - 大理国
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E8%A9%94



それ以前に六詔というのがあったようですが、その元は爨(サン)となりますね。



爨(さん、拼音: cuàn)は三国時代に、雲南省、貴州省にあった政権の1つ。もともと蜀漢の武将・爨習(中国語版)の子孫が東晋以後に、雲南と貴州に防衛のために駐屯して地方政権になった。同時に、“爨”は名字から民族の通称になった。隋唐の時代、爨は東西に分裂して、東爨は烏蛮、西爨が白蛮になった。このうち西爨が通訳なしで漢族と会話ができるのに対し、東爨は通訳を何人も必要とし、「鳥語を喋る者」と言われた。中国の学会では、西爨の子孫の一部が現在の白族、東爨の子孫の一部が現在の彝族になったとしている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%A8


ここで、先日触れたタイとかかわるであろう白蛮、ミャンマー方面の烏蛮とに分かれていくようですが、その白蛮のほうしか中国語が通じないというのは興味深いですね。オーストロネシア語との関連でしょうか。


烏蛮、彝族については、北方遊牧民の古羌の子孫のようですね。下記はウィキから。



民族名の自称は「ノス」「ラス」「ニス」「ノポス」など様々な地域によって異なった呼び方をする。中国の古典文献に登場するこの民族の民族名は「夷」「烏蛮」「羅羅」「倮倮」など多様に存在し、蔑称の「夷」が通称であったのを、中華人民共和国成立以降に同じ音である「彝」の字に統一した。彝は「祭器」転じて「道徳」などを意味する雅字。「ロロ族」という呼称もあり、かつては自称であったが現在は中国側では蔑称である。「ロロ」とは、イ族自身が先祖崇拝のために持つ小さな竹編み。当て字の「玀猓」では、部首にけものへんを付け加えるなど、多分に蔑視的な要素を含んでいる。但し、漢字を全廃したベトナム側では今日でも差別的な意味合いはなくロロ族(Ng??i Lô Lô / ?盧盧)と呼ばれている。

歴史

イ族は中国西部の古羌の子孫である。古羌は、チベット族、納西族、羌族の先祖でもあるといわれる。イ族は南東チベットから四川を通り雲南省に移住してきており、現在では雲南に最も多く居住している。南詔王国を建国した烏蛮族が先祖だと言われている。

言語

彝語
シナ・チベット語族のチベット・ビルマ語派ビルマ・ロロ・ナシ語群に属するロロ諸語系の彝語を使用。ビルマ語と緊密な関係をもつ。

文法
語順は日本語に似ていて、主語+目的語+動詞の順に並べられる。動詞、形容詞に活用はないが、子音の交替によって、自動詞と他動詞或いは使役形が示されたり、一部の名詞や代名詞が声調の変化によって目的格を示すといった、内部屈折が認められる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E6%97%8F



その元は、以前お話した百越のうちの滇越・夜郎となるようです。

その滇王国の墳墓には多分に遊牧民的な騎馬人像などもみられるのですが、古羌の南下によってもたらされたことでしょう。

それで、そのイ族がもちいる彝文字というのがあるようですが、これが図1で、ちょっと興味深いですね。


文字の形状的には、図2のホツマツタエのヲシテ文字に似てるかな・・・。

その三角形を多用するところとか、〇に+を入れた文字など共通性が多いですね。


そのヲシテについては下記のようにあります。


ヲシテは、いずれも江戸時代中期には存在したことが確認されている『ホツマツタヱ』『ミカサフミ』『カクのミハタ(フトマニなど)』を記述している文字である。旧来は「ホツマ文字」とも呼ばれていた。この3文献は「ヲシテ文献」と呼ばれている。詳しくはヲシテ文献を参照のこと[注 1]。ヲシテ文献に使われている文字は同一で、文書の中では「ヲシテ」と呼ばれている。「ヲシテ」は、近世以降の経緯から「ホツマ文字」「秀真文字」「伊予文字」、「オシテ」「ヲシデ」と表記される場合もある。縄文時代から日本列島で用いられていたと一部のヲシテ文献研究者に考えられている。

旧来の日本語学や歴史学の学会では、江戸時代に創作された神代文字のひとつであるとされている[1][2]。それに対して、ヲシテ文献研究者からは「その論拠は上代特殊仮名遣による8母音説であり、根拠として成り立たない」という意見が出されている。ヲシテ文献研究者からの論拠は、『古事記』『日本書紀』との原文の内容比較の文献学的手法や国語学的な解析の手法に根拠を根ざしている。

なお、縄文土器など、江戸時代の宝暦年間以前の遺物からヲシテの文字や文を記したものは確認されていない[2][3]。このような事から、考古学上の比定地特定の参考資料としてヲシテ文献を活用した場合、画期的な発見がなされるとヲシテ肯定者[注 2]からは期待されている[3]。

また、鏡の文様[4]、神社の護符・神紋、研究者である小笠原家の戒名[5]などに使われている。

神代文字疑惑と8母音説

上代の日本語には8つの母音があったとされる(上代特殊仮名遣を参照)。この説に拠れば、ヲシテは5母音であることから上代の日本語の音韻を反映しておらず、他の神代文字と同様に漢字伝来以前の存在が否定される。詳しくは神代文字を参照。

ヲシテ肯定者は、8母音説そのものを否定する。その根拠として、『日本書紀』『古事記』などの漢字文献類とヲシテ文献の比較・対比、ホツマツタヱに記述されている『アワウタ』の存在を挙げる。これらの理由により、ヲシテ文献の記紀に対する先行性が確認できると主張し、これをもって、漢字文献類よりも古代にさかのぼる文献が発見されたことを意味し、漢字文献類を基にした8母音説は空論であると主張する[6]。

池田満によると、記紀の原書であると認定できるとの報告がある[7]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B2%E3%82%B7%E3%83%86




縄文土器とかその文字と関連付けられているのが興味深いですね・・・。


仮に、弥生人が雲南から持ち込んだ文字だとすると縄文晩期あたりの土器から見えることになるでしょうか・・・。


また上代の八母音ではなく、五母音での表記になっているとのところが面白い。

もともと、弥生時代までは五母音で、のちに八母音になったとか、あるいは縄文人の末裔が残存していた東北や北海道方面で、それらがどうだったか?とか、気になるところですね・・・。

最近、そう、縄文土器に殷の甲骨文字が記されているという本を買ったのですが、またあとで読んでお知らせしますね。何か関係するかな・・・。







[11748] MT-haplo D4aとGの韓国での分布の傾向

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月18日(金)20時32分47秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11747[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

日本人のルーツは韓国人や中国人の協力を得なければ分からないと痛感する今日この頃ー。

秦野さん、公平に見てだね、日本のO1b2とD1a2aはダサいよ。
野暮ったい、ちっこくて弱い、文化程度が低い。世界の隅っこ...

ところで、D4aとGの韓国での分布の傾向が分かった!
韓国のF438ブラザーからの情報のご提供。彼自身のMT-haploはD4aでこのうち日本人に多いサブグループに属すようである。D4aは私のおやじの型でもある。

日本人に多いD4aは百済、Gは朝鮮半島の東部。
日本人に多いG1aであれば朝鮮半島経由で決まりだが、私のG3aは朝鮮半島とロシア沿海地方の2つが考えられる。可能性は落ちるが、オホーツク人やアシハセと関連すれば面白いと考えている。

Gは内蒙古アルン旗の朝鮮族に17%、韓国に10%いる。
日本では7%だが、岐阜(n=1617)は12%と多めのようである。

G3aについては韓国北東部江原道の古人骨と現代人にいくらかいることは分かっているが、北朝鮮のデータが分かるようになれば面白くなるだろう。
秦野さんは、やはり南方ですか?だっさ!(爆)

GにおけるG3の比率
(1)南シベリアのトルコ系ハカス、エヴェンキ(ブリャート共和国)=100%
(3)チャムド(東チベット西半分)のチベット人=67%
(4)ブリャート、カザフ(アルタイ共和国)、タジク、ギャロン=50%
(8)南シベリアのトルコ系トゥヴァ=40%
(9)湖北・湖南省のチベット・ビルマ系土家族、ロカ地方のチベット族=33%
(11)ウズベク=25%
(12)羌族=22%
(13)青海チベット族、ウイグル族=17%
(15)モンゴル人(ウランバートル)、朝鮮族(内蒙古アルン旗)=13%
・日本人=コンマ以下



[11747] Re: 唐薛仁貴 M117-F8-A9459-F438-MF15397-MF14287

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月18日(金)11時47分23秒   通報   返信・引用 > No.11744[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

シマオゥさんどこのマンガ見てるの・・・

高句麗を滅ぼしたの唐の高宗だぞ。白村江は高句麗が原因になった。なに寝言、言ってるだ”高句麗人をいたわり、才能あるものを任用して、現地の治安を安定させた。”マンガだな・・・

> ・劉仁軌とともに平壌に駐屯するよう命じられ、本衛大将軍に任ぜられ、平陽郡公に封ぜられた。安東都護を検校し、治所を新城に移した。高句麗人をいたわり、才能あるものを任用して、現地の治安を安定させた。
>
> ・670年、吐蕃に滅ぼされた吐谷渾を復興させるのを名分として、唐軍による吐蕃侵攻が決定された。仁貴は邏娑道行軍大総管に任ぜられ、阿史那道真・郭待封らを率いて、大非川から烏海城へ向かった。しかし、吐蕃軍40万が来襲し、唐軍は大敗を喫した(大非川の戦い)。仁貴は吐蕃の論欽陵と和約を結び、帰還できたが、吐谷渾の故地が吐蕃領となることは確定した。仁貴は官職を奪われて庶人に落とされた。

https://www.youtube.com/channel/UC0S1Wl7M5js_1zRueXEmwpw/videos



[11746] O2, C2, O1b2が北東アジア人たる現代日本人

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月18日(金)05時22分22秒   通報   返信・引用 > No.11743[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

この図はいわゆるadmixtureですが、ハプログループとも良く一致しています。

O2とC2成分が東南アジア成分に比べて近いことがわかるはず。O1b2成分は彼らに同化されている。O2, C2, O1b2が「北東アジア人たる現代日本人」なのです。その中心は黄河文明を興したO-M134です。

ここを認識して物事を考えないから秦野さんはいつも残念なんですよ。使っている工具もお粗末。
文献解釈にしても秦野さんのは古事記なんておとぎ話に勝手解釈でしょ?オママゴトですね。

現代日本人
・O2=20%(O-M134=10%, M188=5%, F11=5%)
・C2=6%
・O1b2=30~40%

admixture
・北東アジア人由来=90%
・縄文人由来=10%



[11745] Re: 百越のハプロと言語2; Y染色体DNAハプログループO-M134のフロンティア

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月18日(金)03時47分17秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11737[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

明らかに軍事力と文化で劣るヤポネシアや東南アジア、華南の原住民をM134が征服(大掛かりな軍事行動とは限らない)したのはある意味当然なので、フロンティアは漠北ですね!モンゴル帝国と清帝国のイメージが強いので、つい彼らが常に主導権を握っていたと勘違いしがちですが、遺伝人類学的データを見るに、北方においても紀元前後までM134が主導権を握った可能性が高いですね。北方モンゴロイドの形質は彼らが基礎にあると見ています。アムール河と黄河の集団が間違いなくモンゴル高原の集団の中身(DNA)を決めています。



[11744] 唐薛仁貴 M117-F8-A9459-F438-MF15397-MF14287

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月18日(金)01時24分2秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11733[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

河東薛氏【唐薛仁貴F8-A9459-F438-MF14287】
これは秦野さんが読めなかった「石?(SHIMAO)遺跡」(島尾じゃないよw)と同じF438-MF15397の系統である。あ、漢字が読めない幼稚園児の秦野さん、薛はセツと読みますよ!(爆)

薛氏来源
1. 任姓薛氏:公子登が沛(薛国の故地)に封じられ、以後子孫たちが薛を氏とした。
2. 風姓薛氏:伏羲氏の末裔である。
3. ?姓薛氏(陳氏・田氏):孟嘗君田文の末裔である。
[参考] 鹽城薛氏(江蘇)は、青海古人骨(2000 BC)と同じM117-F8-YP4864-MF57257(共祖?690年)。

薛仁貴(任姓薛氏)
薛仁貴(Xuē Rénguì、614年 - 683年)は、中国の唐の軍人。名を礼といい、仁貴とは字で、字をもって通称される。絳州竜門県の出身。本貫は蒲州(山西省運城市)汾陰県。北魏の薛安都の後裔であり、河東薛氏の出身であった。

・645年、唐の高句麗出兵に参加した。軍の先頭に立って突撃し、高句麗軍を破った。

・657年、蘇定方が西突厥の阿史那賀魯を攻撃したとき、仁貴は大義名分のない戦いでは成功はおぼつかないとし、阿史那賀魯に捕らえられた阿史那泥孰の妻子を奪還して恩徳を示すよう進言して容れられ、成功を収めた。

・劉仁軌とともに平壌に駐屯するよう命じられ、本衛大将軍に任ぜられ、平陽郡公に封ぜられた。安東都護を検校し、治所を新城に移した。高句麗人をいたわり、才能あるものを任用して、現地の治安を安定させた。

・670年、吐蕃に滅ぼされた吐谷渾を復興させるのを名分として、唐軍による吐蕃侵攻が決定された。仁貴は邏娑道行軍大総管に任ぜられ、阿史那道真・郭待封らを率いて、大非川から烏海城へ向かった。しかし、吐蕃軍40万が来襲し、唐軍は大敗を喫した(大非川の戦い)。仁貴は吐蕃の論欽陵と和約を結び、帰還できたが、吐谷渾の故地が吐蕃領となることは確定した。仁貴は官職を奪われて庶人に落とされた。



[11743] 倭の五王 《旧唐?》靺鞨?

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月18日(金)01時20分33秒   通報   返信・引用   編集済

偶然ですが、倭の五王にぶっかる、事故だな

靺鞨?
《旧唐?》卷一九九下《靺鞨?》??

“靺鞨盖?愼之地,后魏?之勿吉,在京??北六千余里。?至于海,西接突厥,南界高?,北?室?。其国凡?数十部,各有酋?,或附于高?,或臣于突厥。”《新唐?》的??略同。
https://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%BA%E9%9E%A8

この文章、倭の五王の記録になる。倭の五王は唐の武将なんだな・・

倭の五王(わのごおう)は、中国南朝の宋帝国(劉宋)の正史『宋書』に登場する倭国の五代の王、讃・珍・済・興・武をいう。5世紀初頭から末葉まで、およそ1世紀近くに渡り、晋、宋、斉などの諸帝国に遣使入貢し(遣宋使)、また梁からも官職を授与された。倭の五王が記紀=『古事記』(712年)と『日本書紀』(720年)における歴代天皇の誰に該当するかについては諸説ある(後述)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E3%81%AE%E4%BA%94%E7%8E%8B

これ、嘘だった。《旧唐?》卷一九九下《靺鞨?》に詳細あり・・・
『日本書紀』の天皇崩年干支
西暦 干支 代 名前 説明
405年 乙巳 17代 履中 仁徳天皇の第一皇子
410年 庚戌 18代 反正 仁徳天皇の第三皇子
453年 癸巳 19代 允恭 仁徳天皇の第四皇子
456年 丙申 20代 安康 允恭天皇の第二皇子
479年 己未 21代 雄略 允恭天皇の第五皇子

竹内睦泰 倭国統一と倭の五王  竹内睦泰さん歴史?嘘チョンバレ
https://www.youtube.com/watch?v=TvnRfqUExrY

https://www.youtube.com/channel/UC0S1Wl7M5js_1zRueXEmwpw/videos



[11742] Re: SHIMAO

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月18日(金)00時32分45秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11736[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

shimao

shimao(石■)
mao は名詞 (中国西北部の黄土高原にある)頂上が円形で勾配が急な丘陵.
https://cjjc.weblio.jp/content/%E5%B3%81

倭は、韓国のクンサン、錦江河口に石上神宮がある。
石上神宮[いそのかみじんぐう]、石は、クンサンのふち、で磯になる。
ふち(アイヌ語)のwaワ、が音になり、漢字は倭になる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E4%B8%8A%E7%A5%9E%E5%AE%AE

鵜呑みじゃなく、石上神宮の石の意味は、どうも、奈良の三輪山の山頂に岩がある、古事記に女王が葬られる、文章がある。一方、万葉集にクンサン、錦江河口に古噴の表記がある。同様に石上神宮が記される。
石は、墓石なんですな、shimaoシーマオゥは石陵(みささぎ)になるな、「アゥ」=陵líng、hill

石上神宮の石がshimaoの石・・・墓は石にしましょう、セメントじゃ、だめよ・・

> 秦野北斗さんへのお返事です。
>
> 「石?」をグーグル翻訳にかけて「島尾」だと思い込んでいた秦野さん(爆)
> 島尾のSHIMAOは漢語読みってこと気づきましたか?
> そんな人の話し、小学生もまともに聞きませんよ...
>
> シーマオゥ。aoは三声なのできちんと「アオゥ」と発音した方が宜しい。
> 実用的には「アゥ」で良いですが。
> 「アオ」ではありません。



[11741] Re: 百越のハプロと言語2

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月18日(金)00時28分55秒   通報   返信・引用 > No.11740[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> あと、前からおもっていましたが、タイ人って少しコーカソイドっぽいですよね。北方遊牧民の影響なのか??
>

いや、インド人の影響でしょう。雲南人や広東人にもインドの遺伝子が薄く入っています。



[11740] Re: 百越のハプロと言語2

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月18日(金)00時18分1秒   通報   返信・引用 > No.11739[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。

> ええ、タイは強いですよ。
> 北東インドにあったチベット・ビルマ系ディマサ王国も滅ぼしていますからね~。侮れません。
>
> なぜ強いかと言うと、やはりO-M133(F5)-F8に鍵があるのでしょうか。
> タイにF8は15%いて、シャン(ダイ、タイ・ヤイ)では何と35%。彼らは元からのタイじゃないですね。サブグループは彝族と同じです。おそらく軍事力を担ったのでしょう。
> あのヤクザな国王もF8かもしれません(笑)

なるほど、、、、タイ族って、今のタイの祖先?だったみたいですね(汗)
タイはてっきり南方系の農耕民の末裔かとおもってましたが、ビルマ同様に北方遊牧民の影響が強いとは・・・。

そのドンソン文化はまさに、テン越(王国)から流れ込んだものですから、そういわれてみると、タイにもその北方系の影響あるはずですよね。


あと、タイ族については、こちらの翻訳のほうがわかりやすいようです。



中国タイ族は分布地区によって?泐があって、?のそれ、?のアジア、?は縛って、?は自称を待つことを持ちます。シーサンパンナなどの地は自称する“?泐”は、徳宏などの地は自称する“?のそれ”は、紅河中上流新平、元江などの地タイ族は自称する“?のアジア”は、瑞麗、隴川、耿馬辺境最前線の自称する“?は縛ります”は、瀾滄の芒の景、芒のそのものは?のために系を縛ります。漢民族は?泐を水の?と称して、?はそれは旱の?のために、?のアジアは腰の?を使うこととします。
早く西暦1世紀に、漢文歴史書はすでにタイ族以前の民の記載に関連します。唐もの宋は文献的に“金の歯”、“黒い歯”、“銀の歯”、“足を刺繍します”、“面を刺繍します”、“茫は野蛮です”、“白衣”と呼んで待ちます。元明時期は依然として“金の歯”、“白衣”と呼びます。“白衣”はまた幾の汗を執筆して帰する“100の異民族”、“白い異民族”、“伯異民族”は、あるは誤って“?異民族”を作って、ぺー族と紛れる結果になります。清い以来は“異民族を並べます”と呼びます。あと、ベトナム歴史書はタイ族を“堅固に悲しみます”と称して;ビルマ歴史書はタイ族を“希クールはシャン族をまきます”と称して;インド歴史書はタイ族を“阿洪姆”と称します。

タイ族の起源に関して、2種類の主流観点及びいろいろのが説法することが主にあります。

    移住することは話します。そのうちは最大の1種類の言い方に影響して“南下に話します”として、この言い方はタイ族が四川の北陝西南地区、アルタイ山地区などの中国北方あるいはさらに遠い場所に由来すると考えて、存在した他の民族の駆逐下不断の南下は、移住している過程中に蒸気を受けてまいて、タイ族が1度留まって雲南にあって、そして南詔王国を構築して、フビライに大理以後を平らにして、タイ族は南が雲南南部と東南アジア一帯に移動し続けることを強いられて、なくてはいけなく観点は研究することによって深く掘り下げてもうますます多い学者のところは放棄します。その他はまだインドネシア諸島に起源があって、広東・広西は高価な地区などが説法すると言います。それにつれてタイ族民族文献研究の深く掘り下げることに対して、移住することはますます多い証拠の支えを得たと言って、《?の?泐の西の両の国》、《西賀の?の龍》、《砂の坦に近づく》などのように、これは文献的にタイ族宅地の先住を表して主に瓦の人、木の人、孟人、穴の人などを引きとして、タイ族はその後のために移住して入っていました。少しの学者は言語学角度から出発して、タイ族以前の民が以前壮族以前の民の同じ地域に生活する観点と、タイ族が広西地区から本を遷すと考えると提出して、ただ鄭暁は同族の源の民族が同一の言語を使用する原因がたくさんがないので、このは方法を研究してそしてタイ族の起源2-5を説明することができなく考えると言って
https://translate.weblio.jp/web/chinese?lp=&url=https%3A%2F%2Fbaike.baidu.com%2Fitem%2F%25E5%2582%25A3%25E6%2597%258F&rdt=tl&sentenceStyle=spoken


あと、前からおもっていましたが、タイ人って少しコーカソイドっぽいですよね。北方遊牧民の影響なのか??

むかしから、白蛮とか、白で象徴されるのにも、この肌の白さ?があるのかな・・。



[11739] Re: 百越のハプロと言語2

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月17日(木)23時46分53秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11737[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> タイ族族の源と歴史
>
> タイ族は中国南方の100に由来して民族を越えて、前漢は滇国その以前を民と称してなって、東漢は“シャン族”と呼んで、唐もの、宋は黒い歯と称して野蛮で、“金の歯は野蛮です”、“銀の歯は野蛮です”、“面を刺繍して野蛮です”、茫は野蛮で、足を刺繍して、“白衣”は待って、元、明、清さと中華民国時期は“白い異民族”、“異民族を並べます”、“100の異民族”と称します。
>

ええ、タイ系は強いですよ。
北東インドにあったチベット・ビルマ系ボド・カチャリのディマサ王国も滅ぼしていますからね~。侮れません。ちなみに、カチャリはO-M134が85%も占めます(Su et al. 2000)。

なぜ強いかと言うと、やはりO-M133(F5)-F8に鍵があるのでしょうか。
タイにF8は15%いて、シャン(ダイ、タイ・ヤイ)では何と39%。彼らは元からのタイじゃないですね。サブグループは彝族と同じです。おそらく軍事力を担ったのでしょう。
あのヤクザな国王もF8かもしれません(笑)

参考
ディマサ王国
アーホーム族との敵対
アーホーム族は、チュティヤとカチャリ王国の間の線路に定住しました。ボラヒとモランの人々。 アーホーム王国との最初の衝突は1490年に起こり、そこでアーホーム族は敗北しました。アーホーム族は平和を追求し、アーホーム族の王女がカチャリ王に提供され、カチャリ族がダンシリの向こうの土地を支配しました。しかし、アーホーム族は力強くなり、カカリスを西に押し戻しました。 1526年にカカリスは戦いでアーホーム族を破ったが、同じ年に、彼らは2回目の戦いで敗北した。 1531年、アーホーム族は首都ディマプルまで前進しました。彼らのアニミズム的信仰によると、ディマサスは牛(ムーシュー)を「ムーシュー」(不純)であると信じています。この信念は今でもディマサスによって保持されています。アーホーム軍がカチャリ軍を攻撃したとき、彼らは牛の覆いを取りました。アーホーム族が都市に到着した後、カチャリ王国の王は母親と多くの王族と共に殺害されました。アーホーム族は後に、カチャリ王国の王としてデツンを設置し、年間20頭の象と1ルピー(ムードラ)の税金を課しました。しかし、1536年にアーホーム族は再びカチャリの首都を攻撃し、都市を略奪しました。ディマサはディマプルを放棄し、南に後退してマイバンに新しい首都を設立しました。 「マイ」は「水田」を意味し、「バン」は「豊富または豊富」を意味します。Wikipedia
Kutanan et al. (2019) have found O-F8/F42 (equivalent to O-M133) in 14.75% (131/888) of a pool of samples from Thailand, 38.9% (7/18) Shan in Northern Thailand, 35.0% (7/20) of Shan.



[11738] Y-haplo M134とMT-haplo G3の古代DNAの分布と古代集団

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月17日(木)23時29分32秒   通報   返信・引用 > No.11733[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

2つを並べて見ました。
Y-haplo:仰韶、遼河、羌、戎狄、匈奴、突厥、吐蕃
MT-haplo:羌、匈奴、沃沮、靺鞨
とりわけワタクシにとって羌と匈奴が重要なのが分かります。

秦野さんに関連する古人骨は果たしてユーラシアにありますかな?ーいいえ、ないです(笑)



[11737] 百越のハプロと言語2

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月17日(木)23時01分11秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11730[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。
>
> > 匈奴とかの遊牧民も多数の部族を従えているように、この百越の祖先、チャン族やサカ・月氏あたりでしょうか、その13部族などが、ある時期に南下せざるを得ない状況に至って、百越として華南方面へと移動したように感じます。
> >
>
> テンちゃんなら彝族ではないでしょうか。東南アジアまで降りていって原住民さらって奴隷にするような殺生なことしてましたね。
>
> 匈奴の隷属民はトルコ系や羌や印欧系ですね。言語的には匈奴はトルコ化していたと思いますが。
>


そうですね、昨晩の百越と睨んだO-Y7080については、イ族など雲南諸族を調べる必要がありそうですね・・。

こちらのサイトにO-Y7080の説明がありましたので、お知らせします!


O2a2b1a1a6b1 / O-SK1730 / O-Y7080 的集中?
“相?稀有”型是不是????一点?

ISOGG名称:O2a2b1a1a6b1
YSNP名称:O-SK1730 或 O-Y7080
根据(某第三方机构)??,O2a2b1a1a6b1全国大?0.6%,广??4%,广西?8%

按,
全国:13.75?人 x 0.6% = 825万
广?:1.08?人 x 4% = 432万
广西:4796.00万人 x 8% = 383.68万
*广?主要在粤?方言区


微基因姓氏溯源中估?有87人,其中:(未排除???系)
?姓 8人
李姓 6人
黄姓 5人
吴姓 4人
梁姓 3人
崔姓 3人
黎姓

第三方机构公布的姓氏有,(已排除???系)
梁姓 7个
?姓 4个
黄姓 3个
何姓 3个
?姓 2个
曾姓 2个
?姓 2个
?姓 2个
吴姓 1个
周姓 1个
徐姓 1个
?姓 1个
?姓 1个
?姓 1个
唐姓 1个

?在yfull上的数据中,
9个西双版タイ族族,1个越南京族,2个中国?族

https://www.wegene.com/question/4844


ここで、YFULL(https://www.yfull.com/tree/O/)では、?族に9人見えると言っているようですが、昨晩も掲載した図1のO-Y7080に、多く見える雲南の人々のことのようですね。


その?(タイ)族については中国版ウィキにあり、それを翻訳したものはこちらです。
https://translate.weblio.jp/web/chinese?lp=&url=https%3A%2F%2Fzh.wikipedia.org%2Fwiki%2F%25E5%2582%25A3%25E6%2597%258F&sentenceStyle=spoken


タイ族族の源と歴史

タイ族は中国南方の100に由来して民族を越えて、前漢は滇国その以前を民と称してなって、東漢は“シャン族”と呼んで、唐もの、宋は黒い歯と称して野蛮で、“金の歯は野蛮です”、“銀の歯は野蛮です”、“面を刺繍して野蛮です”、茫は野蛮で、足を刺繍して、“白衣”は待って、元、明、清さと中華民国時期は“白い異民族”、“異民族を並べます”、“100の異民族”と称します。



つまり、この?(タイ)族の祖先は、百越のひとつ滇(越)国の子孫だといっているんですね。黒蛮、白蛮は、雲南の集団に見える分類で、白鳥芳郎さんの『華南文化史研究』を読むとよく理解できます。


したがって、昨晩、このO-Y7080が百越の子孫だろうと推定したことは当たっていたことになるわけですね!

そのYfullにおけるTMRCA年代も百越が現れはじめる紀元前700~前500年代となっていたことがありましたね。

その滇(越)国については、こちらの遺物の写真を参照いただくと、その北方遊牧民に由来する騎馬民族的な青銅意匠の数々が、よく見て取れます。

https://search.yahoo.co.jp/image/search?rkf=2&ei=UTF-8&gdr=1&fr=wsr_gs&p=%E6%BB%87%E5%9B%BD


とすると、このO-Y7080が百越の一つの滇越の系統だとすると、その兄弟系統が他の百越の子孫ということになるでしょう。

つまり、昨晩も掲載した図2のO-F14422 F14422/Z25930 formed 5500 ybp, TMRCA 5200 ybpの子系統となるわけですが、確かに、そのO-A9463 F19617 * A9467 * A9471+14 SNPs formed 5200 ybp, TMRCA 2800 ybp あたりの年代も、先のO-Y7080と同年代の紀元前800年ごろの形成となっていますから、これが百越のうちの一つの●越の系統の可能性が高いでしょう。

これらの系統は昨晩もお話したように、インド(バングラデュ方面)や、バングラデュ、ミャンマー、雲南に分布しているのですが、その親系統のO-F14422の兄弟系統や、その親系統のO-CTS5308あるいは、その親のO-CTS1642になると、チベット、モンゴルなども加わる一方で、バングラ、雲南の他、その一部がチベット方面から河南省を経て、日本の富山へと、紀元後450年ごろに渡来したように見えることがありましたね。

つまり図3のO-MF1012の系統となりますが、チベット方面からなぜか河南省、遼西の北燕あたりでしょうかね、そこから450年ごろの北燕が滅んで遺民となって朝鮮、日本へと流れ込む年代に、渡来した子孫がみえるのが、つまりその北燕遺民=新漢人が多く分布した滋賀・富山方面となるわけです。

だから、北燕遺民=新漢人のもたらした金属精錬技術には、北燕系のものとは別に、ソグド人にかかわるであろう北方遊牧民の影響を受けたようなものが多くみえてくるのかもしれません。

そのソグド人の祖先が、月氏ですから、そうすると、先の百越の系統とみたO-Y7080およびその親のO-F14422系統の親系統のO-F14408あたりが月氏であり、その子孫に、先のO-MF1012の日本人(北燕遺民)が見えてくると理解できるでしょう。


その日本人の系統ができたのが紀元後450年頃となってますが、その親系統の形成が紀元前100年ごろで、そのころに河南省へとチベット方面から移動してきたんでしょうね。

この年代はちょうど月氏が、匈奴の攻撃をうけて二手に分かれるころですね。一部がさらに東遷して河南方面へむかったのでしょうか。

後漢時代に光武帝の配下として月氏がみえてきますが、その一部が山東半島方面の主の配下にいたはずで、その影響があるのかもしれません。


その親のO-CTS1642系統は、年代的には古く、シマオウさんご指摘の遼河文明あたりから三星堆など西南へ向かった集団のようですが、その一部のこれらの系統には、チベットあたりで月氏とかかわる集団が多くいて、その一部が、南下して百越の支配層となり、そして、その一部が長江を降って弥生人や古墳時代人に混じって、日本へと渡来したと考えるのが妥当なように感じますね。

あと、ご紹介あった天皇家のハプロとの関係ですね、これも現在の天皇家は富山(越)出身の継体天皇の子孫とされますから、あるいは弥生人の首長層の子孫であったとしても、この系統の影響を強く受けている可能性を感じます。元はサカ・月氏まで遡るのか・・・。



[11736] SHIMAO

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月17日(木)20時46分55秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11733[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

「石?」をグーグル翻訳にかけて「島尾」だと思い込んでいた秦野さん(爆)
島尾のSHIMAOは漢語読みってこと気づきましたか?
そんな人の話し、小学生もまともに聞きませんよ...

シーマオゥ。aoは三声なのできちんと「アオゥ」と発音した方が宜しい。
実用的には「アゥ」で良いですが。
「アオ」ではありません。



[11735] Re: アムール盆地集団 東夷

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月17日(木)20時07分1秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11733[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

図2 赤および黒の数字は古代DNAの所在地。ピンクの④は新疆の石人子溝遺跡のG3bで、現在チベット人に多い型。他は現代人のデータ。

東夷と言うとき、本来それは弓矢に長けた東北のツングースの人たちのことですよ。
「射日神話」の本場、私の女系ハプロG3a2-T152C!(G3a2-a)がいるウデヘ(靺鞨〔靺鞨古人骨にはO-F8もいる〕)、オロチ、ナーナイといった人々の祖先にあたります。

日本はずっと後に東夷の含まれたに過ぎないのですよ。秦野さん以外には常識だと思いますよ。日本人が中国行って皇帝になったなんて言う人とまともな話しはできませんね。また、隣国の人たちを不当に蔑んで喜ぶ子供じみたその態度も軽蔑します。

参考
創世神話(6) ─オロチの射日神話─(国立民族学博物館 佐々木史郎) 毎日新聞夕刊(2008年11月5日)に掲載
極東ロシアの日本海に面した地方に暮らすオロチという先住民族に次のような神話がある。昔、大地が固まりきっていないころ、太陽が三つあり、できたての大地は熱くて生き物が住めなかった。その時、ハダウという神が二つの太陽を弓で射落とし、一つだけ残した。

その後、ハダウはワシとカラスを創(つく)り出し、それから人間が生まれた。あるいは、太陽が三つあったころは大地がとても熱く、人は水中や空中で暮らしていた。そこで二つの太陽を射落としてようやく涼しくなり、地上で暮らすようになった。

太陽系創成と地球誕生の過程を述べる壮大な話だが、これは「射日(しゃじつ)神話」と呼ばれる創世神話の一種だ。まさか太陽系の形成過程を人類が記憶していたわけはないが、類似の神話はウデヘやナーナイなどのオロチに隣接する先住民族のほか、中国、朝鮮半島、日本、台湾などに見られる。

オロチ、ウデヘ、ナーナイはツングース系の言語と文化をもつ人々。ツングース系の人々の遠い祖先は、古代中国で「東夷(とうい)」と呼ばれた弓矢のうまさで知られた人々と関係する。東夷は現在の中国山東省あたりを中心にしたといわれるが、太陽を射るというモチーフはそのあたりにいた遠い祖先からの記憶かもしれない。

羿の伝説
白川静は、羿を奉ずる部族が、夏王朝から領土を奪ったことを示しているとしている。



[11734] Re: アムール盆地集団

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月17日(木)18時42分10秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11733[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

> シマオゥさんへのお返事です。
>
> 頭、大丈夫か・・・、日本人は皆、東夷だぞ・・
>

うんにゃ、DNA的に日本人の大多数は南蛮とアンダマンだよ(笑)
あ、女系では「日本人は皆東夷」は言えてる。北方系だから。



[11733] Re: アムール盆地集団

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月17日(木)17時59分10秒   通報   返信・引用 > No.11731[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

頭、大丈夫か・・・、日本人は皆、東夷だぞ・・

日本古代に関する中国の正史の一つで,晋の陳寿が撰した『三国志』のなかの『魏志』 30巻,東夷伝にある倭人の条の通称。中国の歴史書のなかで日本に言及しているのは,後漢の班固の撰した『漢書』 (120巻) のなかの地理志が最古であるが,『魏志倭人伝』はこれに次ぐものである。倭人伝の条は,『漢書』の地理志と,陳寿と同時代の魚豢による『魏略』 (現在散逸し,逸文がと

https://kotobank.jp/word/%E9%AD%8F%E5%BF%97%E5%80%AD%E4%BA%BA%E4%BC%9D-50540

シマオゥは、お前らと違うんだ・・靺鞨だ。靺鞨の意味は、下足だなんだ。君のゲソは?と聞かれることは君の親分はの意味になる。

https://www.weblio.jp/content/%E4%B8%8B%E8%B6%B3

>
> こんなの日本人にそういないがな。コンマ以下。
>
> 秦野は、、、南方系だな。暑さに脳がやられちゃったんだろ(爆)
>
>



[11732] Re: アムール盆地集団 東夷最強の戦士

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月17日(木)17時55分59秒   通報   返信・引用 > No.11729[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

靺鞨は突厥や吐蕃とも戦い大破、あっぱれあっぱれ!笑

歴史
中国人は、靺鞨を東夷最強の戦士と見なした。
彼らは西隣りの契丹を憎み、しばしば 攻撃した。彼らは弓矢に秀で、主戦力は弓矢隊であった。靺鞨の一部は2世紀に鮮卑の檀石槐に率いられ天山山脈に移住し、突騎施に加わる。また、トルクメンの一部にもなった。

隋代
開皇(581年 - 600年)の初め、靺鞨は隋に遣使を送って貢献した。隋の高句麗遠征に靺鞨首領突地稽も従軍し戦功があった。

唐代
隋末唐初の民衆叛乱の指導者高開道が突厥の協力を得て幽州に攻撃した際、突地稽は兵を率いてこれを迎撃し大破した。貞観(627年 - 649年)の初め、突地稽は右衛将軍に拝され、唐の国姓である李氏を賜った。突地稽が死ぬと、子の李謹行が後を継いだ。

吐蕃の論欽陵らが10万を率いて湟中に入寇して来た時、上元3年(676年)、李謹行は吐蕃軍数万を青海で破ったため、鎮軍大将軍・行右衛大将軍を拝命し、燕国公に封ぜられる。永淳2年(683年)、李謹行が死ぬと、唐は彼に幽州都督を贈り、乾陵に陪葬してやった。その後も靺鞨は遣使を送って朝貢し続けた。



[11731] Re: アムール盆地集団

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月17日(木)17時24分18秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11729[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

こんなの日本人にそういないがな。コンマ以下。

秦野は、、、南方系だな。暑さに脳がやられちゃったんだろ(爆)



[11730] Re: 百越のハプロと言語

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月17日(木)17時10分4秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11728[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> 匈奴とかの遊牧民も多数の部族を従えているように、この百越の祖先、チャン族やサカ・月氏あたりでしょうか、その13部族などが、ある時期に南下せざるを得ない状況に至って、百越として華南方面へと移動したように感じます。
>

テンちゃんなら彝族ではないでしょうか。東南アジアまで降りていって原住民さらって奴隷にするような殺生なことしてましたね。

匈奴の隷属民はトルコ系や羌や印欧系ですね。言語的には匈奴はトルコ化していたと思いますが。



[11729] Re: アムール盆地集団

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月17日(木)12時12分3秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11727[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

《靺鞨?》訳してやるよ、驚くぞ

《旧唐?》卷一九九下《靺鞨?》??:“靺鞨(かわたび、くつ)盖(おおい)粛愼(つつしみ、つつしむ)之地(これ、ち),訳:履物を履き、謹み慎む、この地(神聖な地)になる、

靺鞨人(まっかつじん)など居ないぞ、また、騙されたな・・・、現在の韓国は古代神聖な地だったの。
泰山(山東省)の日の出を見れば理解できる、山東省の東は韓国になる。

泰山は山東省中部に位置し、秦の始皇帝や前漢の武帝らが天地を祀る儀式「封禅」を執り行なった、荘厳で神聖な山。総面積は426?で、観光地区は標高1545mの主峰玉皇頂を中心に、放射状の分布を呈しており、五岳(泰山、嵩山、華山、 ...
http://www.cnta-osaka.jp/heritage/mount-taishan

中国人と、日本の学者は、古文は読めないの

> 「中国?史學家、考古學家金毓黻主?“靺鞨(jie),当亦?‘沃沮(Woju)’、‘勿吉(Wuji)’之音?”。目前史学界普遍??“靺鞨”或“靺羯(Mojie)”,是自“勿吉(Wuji)”一?音?而来,而?慎(Sushen)、挹娄(yilou)、沃沮(Woju)、勿吉(Wuji)、靺鞨一族系,是女真族的祖先」
> (王承礼. 《渤海?史》. 黑?江人民出版社)。



[11728] 百越のハプロと言語

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月17日(木)00時09分54秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11721[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。
>
> 越は、現代の羌族民族主義者が羌族としてますね。まー、ウイグルやチベットのようなきな臭さはなく可愛い民族主義なので許せますが笑。ちなみに、中国人も羌族を重要なルーツのひとつと認めてるんで中国政府も羌族の文化保存には一生懸命みたいですね。
>
> で、越の王室は夏王朝の遺民を自称してたんでしたか。するってーと、夏はA9459のCTS1642とF14249かな?そんな感じしますね。まー、大多数の住民は百越でしょうけど。
>

羌族が百越、特に支配者層にかかわっているのは、そうでしょうね・・。


百越の中に、句呉Gōuwú というのがあるんですが、これが後代の呉の祖先です。

于越 Yūyuè は、倭人とのかかわりが指摘されてますね。

贛越 Gànyuè は、たぶん韓国と関係するでしょう。

南越 Nányuè はベトナムですね。

滇越,夔越 Diānyuè, Kuíyuè  は、中国雲南の滇王国ですが、春秋時代末期に出てきて、多分に北方遊牧民的な青銅意匠を墳墓に残してます。


百越は13くらいに分かれているのですが、同じ越なのに、13に分かれているのは、もともと、その王族層が13部族とかで構成されていたことに由来する可能性を考えてます。

匈奴とかの遊牧民も多数の部族を従えているように、この百越の祖先、チャン族やサカ・月氏あたりでしょうか、その13部族などが、ある時期に南下せざるを得ない状況に至って、百越として華南方面へと移動したように感じます。

ということは、ハプロ系譜もその13なりの系統に分裂していることが予想できるでしょう。その一部が、日本や韓国、ベトナムあたりにもみられるかもしれません。


なお、ウィキには下記のようにありますね。


言語・遺伝子

百越の言語については研究段階だが、ジェリー・ノーマン と梅祖麟は、少なくとも百越のいくらかはオーストロアジア語族の言語を話していたという証拠を出している[3][4][5]。

中国復旦大学・黄穎、李輝、高蒙河らは、百越はY染色体ハプログループO1aであるとしている[6]。これは台湾先住民に多いタイプである。

崎谷満は、百越がY染色体ハプログループ旧O2(旧O3が現O2となり、旧O2は現O1のサブに置かれ現O1b。これにより旧O2aは現O1b1、旧O2bは現O1b2)系統に属していたとしている[7][8]。現O1b1/現O1b2は長江文明の担い手であったが、長江文明の衰退に伴い、現O1b1および一部の現O1b2は南下し百越と呼ばれ、残りの現O1b2は西方及び北方へと渡り、山東省、日本列島、沖縄、朝鮮半島へ渡ったとされ[9]、この現O1b2系統が呉や越に関連する倭人と考えられる。現O1b1系統はオーストロアジア語族と関連していることから、この説に則れば、百越はオーストロアジア語に近い言語(群)を話していたと考えられる。現O1b1と姉妹関係の現O1b2系統(倭人)が日本に多く見られることは、日本語とオーストロアジア系カンボジア語の語彙類似性が高いとするデータ[10][11]とも符合する。

文化
荘子外篇 刻意第十五には「干越(于越)の剣を持つものは、箱に入れて使うこともなく至宝とする[12]。」とあり、剣が有名であったことが示されている。越人の剣匠には、伝説的な欧冶子(中国語版)や干将・莫耶、徐夫人がいる。また、越人が鍛えた剣で現存するものとして、越王勾践剣、呉王夫差矛などがある。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E8%B6%8A



はたして、O1b2なのかな・・・、、、その支配者層は、先のO2のCTS1642だったとするとどうなるだろう・・・。



CTS1642の下層分岐に、O-Y7080 Z26001/F14618 * F14661/Z26005 * F14708/Z26008+27 SNPsformed 5200 ybp, TMRCA 2700 ybp

が見えますよね。


この年代がちょうど紀元前700年、あるいは前500年ごろから発生してて、百越が現れてくる時期と重なります。

その分布も、華南、雲南方面が多く、百越のそれと同じ領域ですし、下層分岐も同様に11くらいありますよね。

また、このY7080の兄弟系統の様子が図2ですが、こうみるとその親のO-F14422時代から、インドでもバングラに近くとチベットの間にその祖先がいて、そこから雲南、ミャンマーなどへと拡散しているようにみえます。ヒマラヤ山脈のふもとあたりですね。



> チベット語の基層にもオーストロアジア語があるようです。日本語とオーストロアジア語も、計算言語学的には良く同じクレードに入るし、日本語の基層もそうかな?と思ったのですが、オーストロアジア語の専門家は「ない」と言う、、、多分無理筋。ええ、既存の語族に日本語が入り込む余地はないでしょう。
>
> 日本語においてはM117~A9459が望みの綱です。
> トランス・ヒマラヤ語の形成よりM117の起源の方がもちろん古いので、そこには"Trans-Himalayan-like"な言語もたくさん含まれていたはずです。ディガロ諸語など"Trans-Himalayan-like"な言語も実際見られます。そこに、日本語や朝鮮語のような今「孤立的言語」とされる言語もかって存在し、また今も残っている可能性を見出しますね。トランス・ヒマラヤ語自体は成立するので、まずはアチラの祖語再構ですね。



そうそう、そのトランス・ヒマラヤですよね・・、この辺にもしかすると百越の言語なり習俗の痕跡があるのかもしれません。


あと、先の越人の剣文化ですが、これは呉越のみならず、燕から弥生時代後期に日本へもたらされた銅矛・銅剣文化とかかわらないですかね。


もとは、スキタイ人の剣とか金属精錬技術にあったのかな・・・。サカ・月氏・羌族経由で、そのトランス・ヒマラヤ方面に伝わり、さらにそこから長江を降る形で、百越人として
最終的に一部は朝鮮、日本へと伝来していく・・。


O1b2はシマオウさんのおっしゃるとおり、中国東部の沿岸の原住民・漁民ではないですかな。


彼らを支配・取り込む形で、弥生人がやってくるわけですね!



[11727] アムール盆地集団

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月16日(水)23時26分49秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11724[元記事へ]

ナンセンス秦野北斗さんへのお返事です。

ざ!グレイト・ハーモニーO-F8-A9459-F438&G3a2a
黄帝部族と靺鞨部族のオレンジ・エンペラー(笑)

遺伝人類学者David Reichによれば東アジアの三大集団は、
(1) 黄土・チベット高原集団
(2) アムール盆地集団
(3) 東南アジア集団であり、

現代東アジア諸民族間の差異はこれら三集団の交雑の程度によるとされる。
そして、現代日本人とは、ざくっと(1)黄土・チベット高原集団由来8割、(2)アムール盆地集団2割のゲノム組成を持つ集団だ。コリアンや北方漢族も同様。

そして、系統遺伝子検査においては、日本人ではO2(旧O3)、C2およびその北方系MT-haploであった者だけがおいしい思いをすることになっておる(笑) すまん、ね(爆)

さて、ハーモニーというのは、 石?(SHIMAO)のハプロも黄土・チベット高原系とアムール盆地系(F438/D5a2a1b, D4g2a1,C2b1a2b/ G2a1)とからなり、靺鞨もまた同様、ということ(図1)。そういえば、福建のA9459ブラザーのMT-haploも石?と同じG2a1でした。日本海(東海)、東シナ海、そして南シナ海とハーモニーが拡がる!

私のハプログループは男系では(1) 黄土・チベット高原集団、女系では(2) アムール盆地集団。
今回はアムール盆地集団に焦点をあててみたい。図1を見りゃ一目瞭然!

1. 沃沮(Woju〔2333 BC(?)?108 BC〕)->勿吉(Wuji)->靺鞨(Mohe)/靺羯(Mojie)--->Udie/Udehe(Udie has G3a2-a* and I'm G3a2a)と了解して良い。すべて同音。

ロシア沿海地方のツングース系ウデヘ(Udie/Udehe)は沃沮や靺羯の音そのもので、靺鞨の子孫。
ウデヘには私のMT-haplo G2a2aの兄弟系統G3a2-a*がいることが分かっている。面白い事に北海道縄文人に多く見られたN9bもいる。また、この地域のG1bやYが北海道にオホーツク文化を齎した。

「中国?史學家、考古學家金毓黻主?“靺鞨(jie),当亦?‘沃沮(Woju)’、‘勿吉(Wuji)’之音?”。目前史学界普遍??“靺鞨”或“靺羯(Mojie)”,是自“勿吉(Wuji)”一?音?而来,而?慎(Sushen)、挹娄(yilou)、沃沮(Woju)、勿吉(Wuji)、靺鞨一族系,是女真族的祖先」
(王承礼. 《渤海?史》. 黑?江人民出版社)。



[11726] Re: O-CTS1642系統 チベット・ビルマ語族

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月16日(水)23時15分15秒   通報   返信・引用 > No.11719[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。
>
> > そのA9459のすぐ下層の分岐に、ひとつ不思議な系統がありますね。インド方面まで進出している・・。
> > チベット・ビルマ語族と記されてますが、なにかきになりますね・・・。
> >
>
> ええ、これはいつも私が使うCTS4658のことですよ。チベット・ビルマに独占的なハプログループで古人骨でもそうです。
>
> CTS1642/CTS4658は比率では西南分布型ですが、いわゆる西南夷全体、そして東南方の江南にも多いことが分かります。客家にもいますね。歴史的にF438は西北、F6800とF14249は華東。F14249は特に中国東南部で独占的です。客家の動きにも重なります。


なるほどですね!チベット・ビルマ語族の起源はおもったより古いですね・・・。



[11725] 習近平O-F11/JST002611; Sinitic?!

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月16日(水)13時11分48秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11718[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

図のように、習近平はO-F11/JST002611の確率が高いようです!しかし、安倍も彼の年代にしては175cmと長身なのに、習近平はデカイですね。全体的にデカイ。

1. F11はM134以前から中国大陸に満遍なく拡がっていた集団で、大汶口文化の主要な担い手。
江蘇漢族の3割以上がこのグループに属します。

江蘇漢族と現代日本人はゲノム組成(admixture)が非常に良く似ているし、山東・江蘇エリアは日本人にとって非常に重要です。そして、F11は奈良という重要な地域にも多い。したがって、ゲノム的にはこのグループの影響が日本人ゲノムにおいて最も大きい可能性があります。

2. また、F11はシナ語(Sinitic)を形成したハプロとも言われて、そう主張する論文もあります:
Improved phylogenetic resolution for Y-chromosome Haplogroup O2a1c-002611 (2017).

この論文は、F11のうち、山西に多いサブグループF449が「シナ語保持者」だとしていますが、私はシナ語もF5(M133)だと思います。シナ語(F5のA9459以外)とチベット・ビルマ語(F5のA9459)が「トランス・ヒマラヤ祖語」に遡ることは分かっているので、F5で行った方がしっくり行きます。

3. F11とF5との系統関係は3万年以上も離れてるし、数万年も前から同じ語族をずっと構成し続けて来たとはとても思えません。ここの所を分かっていない人々が多いです。比較言語学は生活に役に立たずニーズがないのでw、一般向けの良い入門書もないからです。

脱線しましたが、F11はモン・ミェン系にも多いので、私はF11はM188とともにモン・ミェン語族だと思います。この語族はSVOの構文と声調のシステムをシナ語に齎したと言われています。長江文明の大渓文化ではM188が出ていますね。モン・ミェン語族は別称「長江語族」とも言われます。

そして、彼ら、つまりO2(xM134)こそが日本列島に稲作を齎した集団です。実際、斎藤成也はO1b2を「漁業・園耕民」としており、これが正解です。大陸の沿岸にで周縁化したO1b2は長江語族集団の属民に過ぎません。そして、長江語族集団F11/M188と属民O1b2を「トランス・ヒマラヤ語化」したのがM134です。

ーーーー
以下はオマケで「もしかすると?」的なお話し。
シナ・オーストロネシア大語族をLaurent Sagartという著名な漢語上古音研究者が唱えています。
それだと、P164のうちM134-F5がトランス・ヒマラヤ祖語、M134の兄弟系統F3223のサブグループでオーストロネシア系に多いN7がオーストロネシア語となり、O1aやM188はN7の言語に同化されたということになります。

つまりは、
P164ーシナ・オーストロネシア語
・M134-F5ートランス・ヒマラヤ語
・F3223-N7ーオーストロネシア語

そこまで行くとP164で「大東亜語族」って感じ。さすがにムリか(笑)



[11724] 万里長城を築く

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月16日(水)09時06分39秒   通報   返信・引用   編集済

史記によると、百(種族)励まし築くとある。

図の上段が百(種族)の男、女になる、どこかで居たな・・・

史記卷一百一十八淮南衡山列傳第五十八
轉負海之粟致之西河。當是之時,男子疾耕不足於糟,女子紡績不足於蓋形。遣蒙恬”築長城”,東西數千里,
”築長城” 築いた民を添付

キングダム (漫画) の舞台は明代の長城
アホだね、



[11723] Re: O-CTS1642系統 チベット・ビルマ語族; 縄文人の素性(超南方系)や移動ルートにしても、M133ファミリーの重要性や移動ルートにしても、私の推論は古人骨データに合致していて全て当たっているよね!(笑)

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月16日(水)06時02分51秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11722[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

日本の大王とか初期のテンノウもF438(日本に2%)かCTS1642(2%)である可能性が非常に高い。

ただ、一系であるとは限らないので、他のM133系(1%)、F444(4%)、F11(5%)、M188(5%)、また別系統だが北東で重要なC2(6%)も候補。当時の中国大陸北東部における趨勢を見ればO2かC2となる。
以上、現代日本人の4人に1人も残っている。日本古代の主要集団としてそのくらいでいいと思う。

ところで、縄文人の素性(超南方系)や移動ルートにしても、M133ファミリーの重要性や移動ルートにしても、私の推論は古人骨データに合致していて全て当たっているよね!(笑)

なぜ?
これは一応は私に「ものの考え方」が備わっているから。私は地域研究と法学の間を揺れ動いたが、とくに法的推論が別領域でも役になっている。

あと、これだけじゃ手前味噌で自惚れは禁物だから、やはり「後発の利」があるよね。
つまり、遺伝人類学に興味持ったのは2018年の夏頃で、それ以前の使えない情報に「毒されていない」。ハプログループのデータも十分に蓄積し古人骨の全ゲノム解析も可能になった今と、遺伝人類学発展初期の昔とでは雲泥の差がある。



[11722] Re: O-CTS1642系統 チベット・ビルマ語族

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月16日(水)05時23分16秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11719[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

CTS4658の代わりにCTS1642を使うね。
A9459
(1) F438ー中国西北~北東の羌・戎狄(古人骨より)
(2) CTS1642ー西南のチベット・ビルマ系(古人骨)
(3) F6800ー東の姜姓羌人(姓氏研究)
(4) F14249ー夏王朝?、客家・中国東南(姓氏研究)



[11721] Re: Sanxingdui

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月16日(水)02時47分2秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11717[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> 倭人は越人の影響が強いようですが、文化的には半分はその北方系のかつてのビルマ・チベット語族、半分は南方系のベトナム・タイあたりの稲作農耕民ですね・・・。
>

越は、現代の羌族民族主義者が羌族としてますね。まー、ウイグルやチベットのようなきな臭さはなく可愛い民族主義なので許せますが笑。ちなみに、中国人も羌族を重要なルーツのひとつと認めてるんで中国政府も羌族の文化保存には一生懸命みたいですね。

で、越の王室は夏王朝の遺民を自称してたんでしたか。するってーと、夏はA9459のCTS1642とF14249かな?そんな感じしますね。まー、大多数の住民は百越でしょうけど。

チベット語の基層にもオーストロアジア語があるようです。日本語とオーストロアジア語も、計算言語学的には良く同じクレードに入るし、日本語の基層もそうかな?と思ったのですが、オーストロアジア語の専門家は「ない」と言う、、、多分無理筋。ええ、既存の語族に日本語が入り込む余地はないでしょう。

日本語においてはM117~A9459が望みの綱です。
トランス・ヒマラヤ語の形成よりM117の起源の方がもちろん古いので、そこには"Trans-Himalayan-like"な言語もたくさん含まれていたはずです。ディガロ諸語など"Trans-Himalayan-like"な言語も実際見られます。そこに、日本語や朝鮮語のような今「孤立的言語」とされる言語もかって存在し、また今も残っている可能性を見出しますね。トランス・ヒマラヤ語自体は成立するので、まずはアチラの祖語再構ですね。



[11720] Re: Sanxingdui

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月16日(水)02時36分19秒   通報   返信・引用 > No.11717[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> 秦野さんのおっしゃるように・・・、三星堆の影響は、呉越にはありそうですが、やはり百越が勃興してくるのは春秋時代末期から戦国時代初期ですから、、、そこには北方遊牧民の南下が仲介してないといけないわけですね。
>

ええ。その北方民族とはとりもなおさず彝族などチベット・ビルマ系のことです。征服王朝のように原住民(O1a、O1b1)の上に被さる住民の構造です。この事情が日本にも当てはまると見ています。



[11719] Re: O-CTS1642系統 チベット・ビルマ語族

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月16日(水)02時31分1秒   通報   返信・引用 > No.11718[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> そのA9459のすぐ下層の分岐に、ひとつ不思議な系統がありますね。インド方面まで進出している・・。
> チベット・ビルマ語族と記されてますが、なにかきになりますね・・・。
>

ええ、これはいつも私が使うCTS4658のことですよ。チベット・ビルマに独占的なハプログループで古人骨でもそうです。

CTS1642/CTS4658は比率では西南分布型ですが、いわゆる西南夷全体、そして東南方の江南にも多いことが分かります。客家にもいますね。歴史的にF438は西北、F6800とF14249は華東。F14249は特に中国東南部で独占的です。客家の動きにも重なります。



[11718] O-CTS1642系統

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月16日(水)00時04分31秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11715[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 図1北燕馮氏とO-M133(F5)-F8-A9459ゾーン


そのA9459がやはり遼西、山東半島方面のメインだったのでしょうね・・・。

こちらでこの系統を眺めているのですが、
https://www.yfull.com/tree/O/

そのA9459のすぐ下層の分岐に、ひとつ不思議な系統がありますね。インド方面まで進出している・・。


すなわち図1、2のO-CTS1642系統ですが、この下層にインド人、バンブラディシュ、チベット人、ミャンマー人、そして富山の日本人もいることが重要です。


ご紹介の図でいくと、その遼西の遼河文明?あたりを起点にして、チベット、インド方面へ向かう集団でしょうかね・・。三星堆文化への流れとも関係するのかな・・・。

チベット・ビルマ語族と記されてますが、なにかきになりますね・・・。



[11717] Re: Sanxingdui

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月15日(火)23時39分47秒   通報   返信・引用 > No.11713[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。
>
> > > 三星堆文化(Sanxingdui)を担った人々の復元だそうです
>
> もともと、三星堆文化の末裔が呉越になるな、呉は日本側になる、一方、越は韓国側で日本の山陰、越前、秋田の日本海側になる。星堆文化の末裔、呉越で南方系。シマオ遺跡、北方系の図を添付します。
>
> 管理人さんは、南方の呉系? 眉毛に特徴が見られる。
>


秦野さんのおっしゃるように・・・、三星堆の影響は、呉越にはありそうですが、やはり百越が勃興してくるのは春秋時代末期から戦国時代初期ですから、、、そこには北方遊牧民の南下が仲介してないといけないわけですね。

倭人は越人の影響が強いようですが、文化的には半分はその北方系のかつてのビルマ・チベット語族、半分は南方系のベトナム・タイあたりの稲作農耕民ですね・・・。

弥生人の言語や習俗も当然、その双方の要素があったでしょう・・・。




[11716] 鬼方、先零羌、カザフのナイマン、チベットのDeng、そして日本人のM134(M133, F444)のリンケージ

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月15日(火)08時22分28秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11711[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

たまにはM133の兄弟F444(共祖M134を持つ)に焦点を当ててみよう。

1. いわゆる「王冰仮説」(2013)ー。
王冰仮説は、古人骨のデータを基に、O-M117を「戎狄」、O-F444を「鬼方」、淮夷をO-F11などO2(旧O3)全てを「蛮族」に括ってしまい、逆にQ1a1を「華夏」としてしまう。また、陶寺遺跡(「堯の都」と言われる遺跡で、文化水準は当時の最高レベル)も戎狄としちゃったり、中国人の間でとても評判が悪い(笑)。

おもしろいのは、王冰仮説で鬼方(図のGuifang)をF444としている点。
鬼方と獫狁、犬戎、昆夷は同一とも考えられている。また、漢代に蜂起した先零羌(図のXianling Qiang)という西羌の部族は鬼方の後裔とされる。

2. 王冰が遺伝人類学的に拠って立つところは、張家口の三関遺跡のO2=100%のデータと近隣の夏家店遺跡(図のXiajiadian)のM133やF444。鬼方全体ではO-M134のM133とF444から主に構成されたのだろうが、F444に注目すると、F444を高比率で持つ集団が2つある。

ひとつは中央アジアのカザフの部族ナイマンで、カザフ側のナイマンではM134(M133とF444)が7割近く、新疆のナイマンでF444単独で5割近くにも達する。もうひとつはチベット南東部のDengという民族集団でM133が6割、F444が3割。古人骨では青海の喇家遺跡(図のLajia)でYP4864に混ざってF444も一体出ている。「東方のポンペイ」として有名な遺跡。

3. 鬼方、先零羌、カザフのナイマン、チベットのDengのリンケージ。
F444を追跡することで、鬼方が辿った数奇な運命が垣間見えて来ておもいしろいですねぇ~。DengのF444が鬼方分布域のF444より新しければ移動経路は図のようになる。残念なことに日本のハプログループでは、こういう歴史の醍醐味が味わえるのはM134しかない。その他は全て大陸沿岸部に片寄っているか日本列島に限局的なので。O1aとN1もかなり重厚な世界が拡がるが、それぞれ日本人に1%しかいないし、日本のサブグループと彼らとは開きが空きすぎている。

4. 「王冰的仮説」からかなり経つが、最近の古人骨DNAデータからは、少なくともO-M117のF438については「戎狄確定」なので、結構いい線行っていた。その上で、全ゲノム解析の成果から「戎狄も華夏も似たような集団だった」と捉えるのが正しい。そして、母系系統遺伝子MT-haoloでは、戎狄・羌と匈奴が特に近い。中原の山西省の横北遺跡の人々も同様。



[11715] 北燕馮氏 父系M117-F8-F6800-MF60645

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月15日(火)06時09分16秒   通報   返信・引用

図1北燕馮氏とO-M133(F5)-F8-A9459ゾーン



[11714] Re: Sanxingdui

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月15日(火)00時54分15秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11713[元記事へ]

秦野北斗さんへのお返事です。

> もともと、三星堆文化の末裔が呉越になるな、呉は日本側になる、
>

わっ出た!
日本人は呉越の子孫ていうネトウヨの決まりきったファンタジー(笑)

そんなに「恨」がいいの!? これはO1b2のメンタリティーかな(爆) 管理人さん理論で行くと秦野はO1b2か...



[11713] Re: Sanxingdui

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月15日(火)00時22分39秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11710[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> > 三星堆文化(Sanxingdui)を担った人々の復元だそうです

もともと、三星堆文化の末裔が呉越になるな、呉は日本側になる、一方、越は韓国側で日本の山陰、越前、秋田の日本海側になる。星堆文化の末裔、呉越で南方系。シマオ遺跡、北方系の図を添付します。

管理人さんは、南方の呉系? 眉毛に特徴が見られる。

> > 三星堆文化(Sanxingdui)を担った人々の復元だそうです(韓国のF438ブラザーからの提供)。東南アジア系寄りと思っていましたが、思ったより北方形質ですね。日本人にもこんなのいる。
> >
> >
> > 三星堆文化
> > 概要
>
> ううん、私の顔に少し似てるかも?(ね、秦野さん? 笑)
>
> でもうち父と祖父とは、まったく風貌も気質も違うし、男系で伝わるものはごくわずかな気がしますね。頭脳の遺伝とか顔かたちの遺伝子のルーツも知りたいような・・・それも近いうちにわかる時代がくるんでしょうな。。楽しみですね!
>
> それでも男系って、何か重要な気がするんですよね・・・、Y染色体に隠された民族的な気質を支える何か・・・があるような。
>
>



[11712] Re: Sanxingdui; ハプログループとメンタリティー

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月15日(火)00時03分23秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11710[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

> それでも男系って、何か重要な気がするんですよね・・・、Y染色体に隠された民族的な気質を支える何か・・・があるような。
>

いくらなんでも、性格を決めるのはゲノムの0.2%未満しか占めないY染色体DNAではありませんよ(笑)

それよりは体重の1割をも占めるミトコンドリアDNAでしょう。
寒さに強いとか暑さに強いとかいう体質もMT-haploの機能に関わると言います。性格にも反映していそうですね。

1. 羌のメンタリティー
(中野謙二『漢民族の源流を探るー羌族史の究明から』で、袁隆旺という人の論考として引用):
(1) さばさばして、さっぱりしている。
(2) 勇敢な性格。
(3) 忍耐強い性格。
(4) 思想の根底に平等を持っている。
(5) 強力な指導者を望まない。
(6) 平和的(トーテムを羊に変えた)。
(7) 仇討ち・復讐を好む。

2. 中行説が見た匈奴の民族性
君臣の間柄が分け隔てない。

3. 羌の遺伝人類学的特徴は、特にミトコンドリアDNAハプログループ(MT-haplo)において著しく北方的であることである。
Qiang Genetics and origin
Genetic evidence reveals a predominantly Northern Asian-specific component in Qiangic populations, especially in maternal lineages.

私と同じMT-haplo Gは、羌に前身である中国西北の斉家文化集団と匈奴の前身である西北モンゴルの後期青銅器時代フブスグル集団に多いです。

4. そこで、MT-haplogroup Gの性格
(徳永隆司『ミトコンドリアDNAで相性診断』)
(1) 短気に見えるが実は忍耐強い。
(2) 粘り強く努力をする。
(3) 体力において持久力がある(動かないと太る)。
(4) 合理的で無駄遣いが少ない。
(5) 良い性格。
(6) こだわりを持つ生き方をする。マイペース。一匹狼的。
(7) 正直でまっすぐな性格。
(8) 派手で目立つ性格。

そういうことです。
あ、私は羌の北方系MT-haploだけでなく、羌の男系O-M117でもありますが、何か?
実はG3とM117とのコンビネーションは、青海やモンゴル西北部において非常に古くから続くものなのです。

匈奴と羌、ある程度、遊牧民としての性質を共有しますが、相違点は、羌の生業が垂直型トランスヒューマンスで権力を結集しずらいというところでしょう。その代わり、他の部族に急襲されても山に逃げ込んで体勢を立ち直せて、絶滅という事態は回避することができた。この地勢上・生業上の特徴が、平等とか強い指導者を望まいないというメンタリティーに現れているのでしょうか。

ちなみに、『ミトコンドリアDNAで相性診断』で私と相性が良いのは、一緒に切磋琢磨するMT-haplo Gと従順な性格のMT-haplo DやM7aとありました(爆)

(参考) イブン・ハルドゥーンによる遊牧民の分析
(1)  砂漠 の 人びと は 都会 の 人びと よりも 善良、 かつ勇敢である。
(2) 連帯 意識が血縁集団 もしくはそれに類した集団のうちに見 られる。
(3) 支配権を獲得しようとする。
(4) 障害は、奢侈への誘惑であり、部族民の富裕生活への耽溺にある。
小谷 仲男. 大月氏: 中央アジアに謎の民族を尋ねて〔新装版〕(東方選書38) (Kindle の位置No.300-306). 東方書店. Kindle 版.



[11711] ヘブライ人の拡散3

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月14日(月)23時36分55秒   通報   返信・引用

先日のヘブライ人のハプロの拡散の分析で、いくらか書き残したものがあったので、忘れぬうちに追伸しておきます。

まず、先日のY-J1のユダヤ人の続いて、J2系のユダヤ人についてみていくと、まずJ2a-M92-L556は、図1のようなハプロ系譜になってます。

これは、以前も紹介したこちらのユダヤ人のパプロについてのサイト(https://anthrogenica.com/showthread.php?17915-Major-Jewish-Y-lineages
によると中世からのブランチのようですね。元は中東系の祖先なのでしょう。

次に、J2a-L210-Y15223 (Z30390)ですが、図2のように、これも中世からのブランチで、モロッコやスペイン、南米大陸へ向かう系統があるのは、先日のJ1-ZS227-Y5400と似た傾向がみてとれますね。こちらも祖先を遡っていくと中東にたどりつくようです。


それで最後にG2b-M377-Y12975ですが、これは興味深いことに、Q1b-L245-Y2200や R1a-Z93-Y2619と同様な傾向、つまりその下層にユダヤ人(ユダ王国人)がいるとともに、またそのすぐ上層部に(北イスラエル王国の遺民)とみられる欧州やアジア各地へ拡散する集団がみてとれることです。

特に、このY12975の兄弟系統のG-Y12297*にタジキスタン、 同じく兄弟系統のG-M3124にアフガニスタン・パキスタン人が多くみえることです。

またその親系統のG-Y12297については、先のユダヤ人サイトでは、 Parent branch:G-Y12297 (TMRCA: 2700 BCE) としてますから、北イスラエル王国の滅亡から10支族遺民の分散時期をなっているので、この系統が10支族のハプロであろうこともわかります。

そうすると、この系統はその親系統のG-M377にレバノン人がいるように、イスラエル周辺にいて、その紀元前700年代に、各地へと離散、その一部はタジキスタンに、また一部はG-M3146 (formed 1550 ybp, TMRCA 1050 ybp)が中世になってアフガニスタン、パキスタン方面へと移動したことになるでしょう。

そのタジキスタンについては、ゴルノバダフシャンという地域の人とのことですから、タリム盆地の西側、キルギスの西南に接するあたりにいたことになりそうですね。

そこから南西のアフガニスタンやパキスタンへと移動したのでしょうか。

ある意味、シルクロードの交通の要所にいたようにも見えますが、この辺にヘブライ人的な習俗をもった集団がいた痕跡があると面白いですね。先日のユダヤハプロ分析でも出てきたサカ・月氏と関係するならば、もっと面白いのですが。

そのゴルノバダフシャンについてはこちら。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%80%E3%83%95%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%B3%E8%87%AA%E6%B2%BB%E5%B7%9E

キルギス人、タジク人、パミール人、ウイグル人・・・がいるようですね・・。






[11710] Re: Sanxingdui

投稿者: 管理人 投稿日:2021年 6月14日(月)21時46分1秒   通報   返信・引用 > No.11709[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

> 管理人さんへのお返事です。
>
> 三星堆文化(Sanxingdui)を担った人々の復元だそうです(韓国のF438ブラザーからの提供)。東南アジア系寄りと思っていましたが、思ったより北方形質ですね。日本人にもこんなのいる。
>
>
> 三星堆文化
> 概要

ううん、私の顔に少し似てるかも?(ね、秦野さん? 笑)

でもうち父と祖父とは、まったく風貌も気質も違うし、男系で伝わるものはごくわずかな気がしますね。頭脳の遺伝とか顔かたちの遺伝子のルーツも知りたいような・・・それも近いうちにわかる時代がくるんでしょうな。。楽しみですね!

それでも男系って、何か重要な気がするんですよね・・・、Y染色体に隠された民族的な気質を支える何か・・・があるような。

http:



[11709] Sanxingdui

投稿者: シマオゥ 投稿日:2021年 6月14日(月)20時29分22秒   通報   返信・引用 > No.11706[元記事へ]

管理人さんへのお返事です。

三星堆文化(Sanxingdui)を担った人々の復元だそうです(韓国のF438ブラザーからの提供)。東南アジア系寄りと思っていましたが、思ったより北方形質ですね。日本人にもこんなのいる。


三星堆文化
概要
紀元前2000年頃もしくはそれ以前と考えられる極めて古い時代に属する三星堆遺跡とその文化は、約5000年前から約3000年前頃に栄えた古蜀文化のものである[1]。三星堆遺跡(三星堆文化)は新石器時代晩期文化に属し、上限を新石器時代晩期(紀元前2800年)とし、下限を殷末周初期(紀元前800年)と、のべ2000年近く続いた。4期に分かれ、第1期は4,800 - 4,000年前で、龍山文化時代(五帝時代)に相当し、石器・陶器のみである。第2・3期は4,000 - 3,200年前で、夏・殷時代に相当し、青銅器・玉器が出現し、宗教活動が盛んとなり、都市が建設される。第4期は3,200 - 2,800年前で、殷末・周初期に相当し、精美な玉器・青銅器が製作され、大型祭壇・建築が築かれる。遺跡地区は鴨子河南岸に沿って東西5,000 - 6,000メートル、南に2,000 - 3,000メートルに広がり、総面積約12平方キロメートルで、全体が保護区となり、城壁跡内を含む重要保護区の面積は6平方キロメートルである。

三星堆遺跡からは異様な造形が特徴な青銅製の仮面や巨大な人物像が多数出土している。三星堆の遺跡および文物の発見は 3、4千年前の中国の長江文明の古蜀王国の存在と中華文明起源の多元性を有力に証明してくれる。



[11708] Re: 「西域・秦系」O-M134; モンゴル高原

投稿者: 秦野北斗 投稿日:2021年 6月13日(日)23時38分26秒   通報   返信・引用   編集済 > No.11701[元記事へ]

シマオゥさんへのお返事です。

では、光武帝(こうぶてい)は日本人をいくか・・・

福岡県福岡市東区の志賀島で発見された「漢委奴国王印」が最も著名であり、国宝に指定され福岡市博物館(福岡市早良区)に収蔵されている。また、金印が発見されたとされる場所には現在金印公園がある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%8D%B0

亀井南冥は、建武中元二年(57年)に贈られた、金印とする。

建武中元二年(57年)、倭奴國奉貢朝賀,使人自稱大夫,倭國之極南界也。光武賜以印綬。

亀井 南冥(かめい なんめい、寛保3年8月25日(1743年10月12日) - 文化11年3月2日(1814年4月21日))は、江戸時代の儒学者で、医者、教育者、漢詩人。筑前国姪浜(現在の福岡市)に生れる。諱は魯、字は道載、通称は主水、南冥はその号である。亀門学の祖。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%80%E4%BA%95%E5%8D%97%E5%86%A5


池田仁三が金印の側面に常根津日子の字を読む(現在の技術では読めない、特殊能力者)
古墳墓碑 上 / 池田 仁三【文・コンピュータ画像解析 ...

古事記に常根津日子の名がある。安寧天皇(師木津日子玉手見命)の三子の常根津日子

常根津日子
師木津日子玉手見命、坐片鹽浮穴宮、治天下也。此天皇、娶河俣毘賣之兄、縣主波延之女・阿久斗比賣、生御子、常根津日子伊呂泥命自伊下三字以音、次大倭日子鉏友命、次師木津日子命。此天皇之御子等、?三柱之中、大倭日子鉏友命者、治天下也。次師木津日子命之子、『二王坐』、一子孫者伊賀須知之稻置、那婆理之稻置、三野之稻置之?、一子、和知都美命者、坐淡道之御井宮、故此王有二女、兄名蠅伊呂泥・亦名意富夜麻登久邇阿禮比賣命、弟名蠅伊呂杼也。天皇御年、肆拾玖?。御陵在畝火山之美富登也。
http://www.seisaku.bz/kojiki/kojiki_08.html

秦野解説

文章の”建武中元二年(57年)、倭奴國奉貢朝賀,使人自稱大夫,倭國之極南界也。光武賜以印綬。”

倭國之極南界也を特定、古事記に亥、戌(委奴)、羊,申、の四国が記される。
亥、戌(委奴)は韓国、羊,申は日本になる。古事記は読めまい、古事記 上巻-1/序文にある。

魏誌倭人伝に從郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國、七千餘里。の
到其北岸が記される。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%8F%E5%BF%97%E5%80%AD%E4%BA%BA%E4%BC%9D

魏誌倭人伝の女王国の方位は東に45度傾く、ことから、極南界は韓国の全羅南道になる。

全羅南道に「漢委奴国王印」の委奴(戌、いぬ)が存在する。ことから、金印は福岡県福岡市東区の志賀島で発見された。読みは「漢委奴国王印」(かん、いぬ、こく、おう、いん)になる。

大倭日子鉏友命者(天皇)、治天下也。次師木津日子命之子(皇帝)、二王坐、王は皇帝を意味する。
追記、次師木津日子命(皇帝)『王坐』、師木津日子命之子(皇帝)『王坐』、
次師木津日子命が光武帝になる。常根津日子は、弟から印綬、金印を貰うことになる。

安帝永初元年(107年)、倭國王師升等献生口百六十人、願請見  師木津日子命之子(皇帝)

神武天皇(漢)、綏靖天皇、安寧天皇

シマオゥさんは、理解できないだろうな、日本は天皇、中国は皇帝なの。



>
> LBAK(後期青銅器時代フブスグル)からモンゴル高原に食い込むハプログループはO-M117しかいないよ。LBAKのG3a、青海のG3a2は私の女系ハプロ。ハプログループでは私は片足が黄土高原、片足がモンゴル高原ってとこ。
>
> いいかい、間違っても日本のO1b2やD1a2aが関われる領域じゃない。中国大陸でもね。日本人が中国皇帝になったなんてウリジナルも大概にしとき...そんなの自分が情けなくならない?


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