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古沢厳島神社のイチョウ

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月24日(金)07時18分39秒
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  橋本市から国道370号線を使って高野山へと登る参詣道がある。国道とはいえくねくねした細い山道で、どちらかというと林道に近いかも知れない。しかしながら観光バスが登るのだから運転手の方も大変だ。九度山の市街地から程なく登った所に「上古沢」という集落があり、此の地に厳島神社が存在する。名称から彼の広島の厳島神社と何らかの関連性があるのかもと想像したが、詳しい解説等は無かった。山間のひっそりとした神社で、訪問日には参拝者も見あたらず、地元の方々のみで祀っておられる存在のようだ。わざわざ訪問するような物好きもいないのかも知れない。ご祭神は市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト)のようだが、根拠資料のようなものは明治期の神仏分離令の混乱で失われてしまったようだ。

数十戸の民家で集落が構成されているようだが、大半は名産である富有柿の栽培で生計を立てておられるようだ。地元九度山町は知る人ぞ知る柿の産地、とりわけ渋柿のヒラタネと甘柿の富有柿が著名なようだ。自称日本一の柿の里である。訪問したのは今月上旬、丁度富有柿の出荷の真っ最中だった。購入して帰ろうかとも思ったが、私宅の庭先の富有柿でも持てあますほど、腐らせるかと自粛した。肝心のイチョウの樹だが、鳥居を潜った中央部に聳えており、黄色く染まった神社が何とも豪華な雰囲気だった。たった1本のイチョウなんだが、この時期神社全体を黄色く染め上げるようだ。根元に解説板が設置してあり、記載によると大きさは幹周りが4.4メートル、樹高が32メートル、樹齢が数百年だそうな。県の天然記念物に指定されてるようだ。最寄り駅は南海高野線の上古沢駅となるが、徒歩数分の近さであろうか。利便性は良い。車で境内まで進入可能だが、住民の方々を考慮すると国道筋に駐車しておくのが望ましいかも。丁度集落付近で一寸したスペースがあり数台分の路駐は可能です。

九度山町は例のテレビ番組の故か観光客で賑わってるようですが、さすがに上古沢の集落まで登ってこられるような物好きはいないようだ。厳島神社以外には見るような施設も産物も無いのだから致し方ないのだが、少々残念ではある。九度山駅周辺は規模こそ違え通常の市街地とさほど変わらない。上古沢のような集落こそが九度山の実態を表現するような集落で、散策に値するかと思うのだが少数意見だろうか。ともあれ撮影が終了したら例の如く周辺部を散策する。そう大きくも無い集落だから短時間で一周するのだが、紅葉に染まった山里の集落はほのぼのとした雰囲気で、見知らぬ訪問者も村人のように包み込んでくれるようだ。一瞬の平安と安らぎに満たされる、何とも言えないあったかい空間が存在した。
 
 

延命寺のイチョウ

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月22日(水)08時25分25秒
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  紅葉の名所である延命寺、輝く季節がやってきました。訪問したのは10日程前、紅葉にはまだ少々早い時期でしたが、肝心のイチョウはかなり散っていました。此処のイチョウは何故か特別に早いようです。何か品種の違いでもあるのでしょうか。画像でご確認戴いた方が早いかと思いますが、樹木は枯れ木のような状況でした。カエデ類の紅葉と併せて黄色くなって欲しいものと願うのですが、贅沢な話かな。境内から裏山へと登る途中にイチョウの巨木はあります。もう一カ所あって、そちらは本堂の裏手ですが、建物の蔭に隠れて参拝中には解りにくいようです。裏山へと登る途中から望めます。蓮池の前に聳えるのが目的とするイチョウの樹。根本付近には散ったイチョウの葉が無数に敷き詰められていました。イチョウに関しては少々遅かったようです。ザッと目測すれば、大きさは幹周りが3メートル位、樹高が20メートル位でしょうか。樹齢は例によって不明です。お寺の創建は弘法大師と聞いてますが、当時の植栽では無いでしょうね。樹木の規模から言ってもせいぜい数百年といった案配でしょう。

高野山は開創1200年を迎えたそうですが、1200年の樹齢を持ったイチョウが存在すればと妄想するのですが。さすがに無理でしょうね。当地も高野山との兼ね合いや高野街道の存在ともあってか、真言宗のお寺が多いようです。延命寺も真言宗御室派に所属されるようで、弘法大師が京へと上られる際には定宿となってた模様ですね。高野山から出立されると、一泊目が九度山の慈尊院、二泊目が延命寺といった選択では無かったでしょうか。昔は鬼住村と呼ばれた延命寺付近、鬼が住むような山間僻地とイメージされてたのでしょうか。谷間のひっそりとした地形に十数戸の民家が残っていますが、付近は住宅開発されすっかり雰囲気が変わってしまったようです。延命寺の訪問も河内長野駅付近から徒歩だった模様ですが、住宅開発に伴いバス路線の設置があって便利となったようです。南海高野線美加の台駅から美加の台周遊バスに乗り、延命寺口で下車、徒歩10分~15分程度でしょうか。

通常だと延命寺の境内まで車(数台分の駐車場有り)で登れるのですが、紅葉の時期は進入禁止となります。上述の延命寺口から下る途中に小さな公共駐車場がありますので、そちらをご利用下さい。むしろ車を放り出してリュックを背に歩かれる方が雰囲気を楽しめます。途中、焼き芋を行ってる民家や小さな商店等もあって山里の雰囲気を楽しめますよ。若しも時間が取れるようであれば、南海三日市駅を起点として、「延命寺」→「鳩の原」→「観心寺」→「長野公園」→「河合寺」→「河内長野駅」とのルートで歩かれる事をお勧めします。ゆっくりめで半日コースでしょうか。ちなみに長野公園から河合寺へと下るコース(国道310号線)が台風21号の影響でまだ工事中です。大師町経由となりますのでご注意を。
 

長野神社のイチョウ

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月20日(月)06時17分57秒
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  20日程前に長野神社のカヤノキをご紹介したところだが、同じ神社ながら今回はイチョウにご登場戴こうかと思う。市街地の神社ながらイチョウの巨木が素晴らしく、この時期見事な紅葉(黄葉)を展開しているのだ。圧倒されるような黄色の世界、色づいた里山の雑木林のようで此処が駅前の商業地である事を忘れさせてしまう。利便性の高い神社なので是非にお訪ねあればと願いたい。先に長野神社は高野街道(狭い意味で)の起点だと記述したが、神社の樹木も出立点にふさわしく、巨木となるような樹種を選ばれたのかも知れない。街道の目印といった意味合いも兼ねていたのだろう。ともあれ、巨木群が立ち並ぶ長野神社、旅立ちには最適な環境となっているようだ。

カヤノキが本殿横に聳えているのに対し、イチョウは境内の西側の隅にあった。ザクッと目測してみれば、大きさは幹周りが4メートル位、樹高が18メートル位だろうか。例によって樹齢は不明なようだ。他の樹木と離れて独立しているので、まるで1本の樹木で神社を背負っているような雰囲気、黄葉した枝葉がそう思わせるのかも知れないが、神社の主であるかのようなイチョウの樹だ。近隣でも大きな方の巨木だろう。イチョウの樹種は好みなんだが、当地では本数が少なくあっても細めの径が多いようだ。神社を周回しながら彼方此方から撮影してみた。何処から望んでも全体像が見渡せ、何とも撮影向きの樹木である。腕の方が今一で、うまくとらえきれないのが残念なところだが、ご容赦戴きたい。

当地のイチョウでも画像のように綺麗に色づいている。山間部のイチョウであれば尚更であろう。イチョウにも品種が多々あるかと思うが、紅葉は基本的には標高による順番かと思う。週末には高野山へと登る予定をしているが、既に散っていないかと少々心配ではある。11月も下旬にはいって当地の紅葉も今が盛りだ。イチョウやカエデの木々も年に一度の華やかな場面を展開してくれている。時期を外さずに訪問していきたいもの、快晴の日々を願っている。それにしても当地もご多分にもれず、スギやヒノキの樹林帯ばかり。いわゆる雑木林が少ないのだ。広葉樹の木々が皆目・・・・・・といった印象で、紅葉を堪能しようと思えば寺社を訪ねるしか無い。本来であれば周辺部の里山が紅葉の場であるべきなんだが、その里山がスギやヒノキの畑と化してしまったようだ。森の動物たちも民家付近へと降りざるを得ないのだろう。
 

流谷八幡神社のイチョウ

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月18日(土)06時50分10秒
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  「流谷八幡神社」は奥河内の山中にある。最寄り駅は南海高野線の天見駅、此処から徒歩で20分~30分程度だろうか。国道を横断しての一本道は明確で迷うことは無い。山村である流谷集落の産土神、古くて伝統のある神社のようだ。ちなみに行政区である河内長野市は人口が11万前後、大阪・堺市内等へ通う通勤客のベットタウンと言っても良いかも知れない。無論、そう言えるのは市街地の住宅で、ここら流谷の集落は紀州の山間部とそう変わらないかと思う。昔は河内長野市内は細分化され、多くの領主に支配されていたようだが、流谷集落は京都の石清水八幡宮の荘園だった模様だ。現在は数十戸の民家が農林業主体で暮らしておられる様子。子狸は車で訪問したのだが、道は小型車1台がやっとこさ、離合は難しい。神社の門前に小さな駐車場があり5~6台は駐車可能かと思う。地元の方のみの利用なようで、外部人間の来訪は少ないから余計な心配は不要だろう。

八幡神社にはイチョウ以外にもスギとクスノキの巨木があり、それぞれご紹介したいところだが、立派なイチョウが目立ちすぎる。イチョウ中心でいきましょう。境内の一番奥まった位置に聳えているのがイチョウの巨木、文字通りの巨木で他地域では滅多に見ないような景観だ。大きさもだが根回りが見事、隆々とした根が地表面をのたうち回り、まるで八岐大蛇をイメージするかのような印象だ。恐らく地下が岩盤で、根が潜りきれなかったのだろう。画像ではうまく表現出来ていないが、現場へと足をお運び戴くのが最善かと思う。近くにあった解説板によると、大きさは幹周りが5メートル、樹高が33メートル、樹齢が大凡400年だそうな。戦国期の植栽なんだろう。此処のイチョウはだいぶ散っていたが、今年の景観は少々薄い感じ、毎年のように訪問してるが、年によって葉の着きようが異なっているようだ。

同じく解説によると、此の神社には各種の神事が伝わっているようだ。代表的なものが「湯釜の神事」と「綱掛けの神事」、前者は保存された茶釜でお湯を沸かし参拝者に掛ける神事のようだ。後者は彼方此方の神社に存在するが、目前の川に稲藁で編んだロープを渡す神事だとか。それぞれ詳細な意味合いがあるのかと思うが、知識不足で申し訳ない。画像の方は、上段が流谷集落の一端、中段と下段が件のイチョウです。同じイチョウと言っても、幹周り5メートル級はさすがに少ないでしょう。神社から岩湧山への登山ルートもあります、秋の好日、ハイキングを兼ねての訪問もよろしいかと。
 

西恩寺のイチョウ

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月16日(木)06時23分43秒
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  金剛山の頂部付近から始まった紅葉も次第に高度を下げ、里付近へと下りてまいりました。山里が紅と黄色に染まる時期となったのです。村内の紅葉は中旬から下旬が見頃でしょうか。少し早めの月初め、気になるスポットを訪ねてみました。村内の小吹地区、村外れで河内長野市との境界線付近です。小さな山寺があり、イチョウの樹木があったのを記憶していました。融通念仏宗に所属される西恩寺で、いわゆる観光寺院ではなく日本昔話に登場する山寺といった印象でしょうか。訪問者も少なく静かな雰囲気で、カメラマンが時折訪ねる程度でしょう。足の便は河内長野方面からが便利なようで、金剛山へ向かう南海バスが近くを通ります。確か、バス停は鳩の原だったかと思いますが、徒歩15分~20分位でしょうか。

肝心のイチョウの樹は寺の隅、法面に聳えていました。場所柄、接近出来るわけでもないのでザッとした目測ですが、大きさは幹周りが3メートル位、樹高が15メートル位でしょうか。樹齢は例によって不明なようです。黄色く紅葉していましたが、若干早めの感じですね。もう1週間から10日程度遅めの丁度本日ぐらいが適期ではないでしょうか。カエデの木々も多いのですが、薄めの紅葉なようです。数年前、タイミング良く訪問して燃えるような紅葉とイチョウの黄色に感嘆した事を覚えています。イチョウは不思議な樹木で、夏場は緑陰での一休み、秋は紅葉とギンナン拾い・・・・身近な存在でもあります。西恩寺のイチョウも雌樹のようで、ギンナンが拾えそうです。ギンナンを収穫して茶碗蒸しへ・・・・・・・との趣味はありませんが、黄色の紅葉に惹かれ、この時期はイチョウ主体で訪問するよう寺社を調整しています。当分の間、イチョウ記事が続くかと思いますが、ご容赦を願います。

村内でもイチョウスポットは少なく、あっても細めの幹周りが多いようです。3メートル級となるのは西恩寺位でしょうか。他の市町村に広げると結構イチョウの巨木が目につきます。これまでの記事でも掲載してますが、ほとんどは秋以外の訪問記事です。再訪になりますが、集中的にイチョウの紅葉(黄葉)を追っかけてみたいと願っています。澄み切った青空と天空に栄える黄色のイチョウ・・・・まさに秋を彩る天然の景観でしょう。時間を割いても訪ねたい光景ですね。山里の秋、国全体が輝く季節を迎えました。
 

農園作業の終活(年内)を

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月14日(火)06時22分29秒
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  11月も中旬となりました。平成29年も終わりを迎えつつあるようです。例年のことですが、この時期になると農園作業の年内終活と相成ってきます。節目の作業を終了すると農作業は一段落し、農閑期へと突入するからです。無論、冬場ならではの作業もありますが、大きな農作業は終了ですかネ。楽しくもあり寂しくもあるような不思議な心境、といいますのも生涯掛けて百姓をやっても反復できるのはせいぜい40回位が限度、年単位の1回がすごく重たいのですね。まあ、感慨はともかくとして終活作業に取り組むと致します。節目の作業は、(1)サツマイモの収穫、(2)タマネギの植栽、(3)エンドウの種蒔き、といったところでしょうか。地域によっては終了してるかもしれませんが、当地ではほぼこの時期。順番に処理します。

サツマイモの収穫はいまいちでした。いわゆるツル化けと呼ばれる現象で、ツルのみが繁茂し外観上は勢いが良いのですが実りは程々。ツル返しがうまく出来なかった故でしょう。解ってはいるものの作業が追いつかなかったと言うことですか。タマネギは種蒔きから始める方と苗の購入派とに別れます。子狸は苗購入派ですが、出来合の苗を購入し早稲種、赤玉、晩生種の3種類を植栽しました、合計で500本程ですか。無論、全部が成長出来る訳でもありませんが、6月頃になるとそれなりの収穫が見込めます。最後がエンドウの種蒔き、此方もスナップエンドウ、キヌサヤ、グリーンピースと3種類に大別されます。好みにもよりますが、本年はスナップとグリーンピースに絞る事としました。メインはスナップ、夏場にトマトを植栽していた跡地を利用します。竹の支柱などはそのまま残していたので、ネットを張って下準備OK。元肥をすき込んだ畝を平らにして種蒔きをしていきます。購入したのは2袋、結構な量がはいっています。

画像で紹介しておきましょう。上段は掘り出し中のサツマイモ、いまいちな収穫ですがそこそこの実入りはありました。大きめなのを選んで師匠宅にも届けておきます。サツマイモ大好きな老夫婦ですが、自家農園では作っておられないようです。出荷用の農産物がメインなのでしょう。中段は購入したスナップの種、いわゆるF1種です。毎年購入が必要ですが、ソラマメ程高くはないので良しとしましょうか。下段は準備が整ったスナップ用の畝です。上述したように夏場はトマトの植栽地でした。かくして年内作業はほぼ終わりに近づいています。時間に余裕が出来れば巨木巡り、この時期はイチョウの紅葉(黄葉)が素晴らしく、回るのにも張り合いが出ますね。さて快晴の日々を待つこととしますか。
 

貝塚市森のムクノキ

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月13日(月)06時43分41秒
返信・引用 編集済
  森地区は水間観音の北部といったら良いだろうか。貝塚市を水間鉄道が南北に走っているが、その森駅が最寄りとなるだろう。駅舎から西へ数百メートル、静かな住宅街の一角に件のムクノキは存在する。大阪府の天然記念物となってるようで、個人宅の屋敷内にありながら丁寧に管理されているようだ。無論、駐車場の設備などあろうはずも無く、近くの道路に路駐して外から覗かせてもらった。塀で囲まれており接近する事は不能だが、ムクノキの上部構造はよく見える。近くに市教委の解説板が設置して有り、内容は解説板に基づくとしよう。大きさは幹周りが3メートル弱、樹高が15メートル、樹齢は大凡300年だそうな。3メートル位の高さで3本の枝幹に別れ、枝葉が大きく広がっている。他の樹種も多く、個人宅でありながら小さな森となってるようだ。いわゆる屋敷林であろう。市街地の住宅では珍しい構成である。地価の高い昨今、維持管理も大変かと思うが、天然記念物指定とあれば無碍にも出来ないのだろう。

巨木の調査で彼方此方走り回っているが、これまで貝塚市は通り過ぎるだけであった。立ち止まって撮影にはいるのは多分始めての事例かと思う。通過するだけでは失礼かと思っていたのだが、具体例があって良かった。個人宅内なので詳細にはチェックできず、遠目に眺めるだけだが、巨木の存在自体が街の風格を形作っているようで、貝塚市の評価を高めるのではなかろうか。街並みの評価は、規模の大きさや商店街の存在或いは利便性等に基づく事が多いようだが、森や樹木や景観等と共に、存在する教育施設等で判断すべきではないかと思う。森の中に佇むキャンバスと集う若人達、温かく見守りながら生産に努める地域住民達、走り回る子ども達や小動物の存在・・・・・・・・そんなイメージが街作りの基本にあるべきかと思うのだが、単なる夢想なのかな。

ともあれムクノキの巨木が存在する事はありがたい。ムクの実は野鳥達を引き寄せてくれるだろう。小さな森でありながら存在自体が野鳥達の楽園化へと繋がってくれるかと思う。幸い近くには水間観音も存する。一軒一軒では僅かな樹木でも、点が線へと拡大しそれが面へと繋がってくれれば地域全体を豊かな森へと変貌させる事は可能かと思う。確かに屋敷内に樹木があると、剪定や掃除或いは消毒など面倒な作業も伴う。しかしながら森に包まれた住宅街は穏やかな環境と快適な生活それに子ども達の健やかな発育をもたらしてくれるのではなかろうか。1本の樹木を庭先に植える事から始めよう。
 

平沼田児童館のクスノキ

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月12日(日)05時56分55秒
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  平沼田集落は紀の川左岸の高台にある。急な斜面を切り開いて開拓された地域かと思われ、山肌にへばりつくようにして十数戸の民家が垣間見える。画像上段をご覧戴きたいが、現地付近から北方面を撮影したもの、中央に見えるのが紀の川である。背景の山脈は紀泉アルプス、紀州と和泉の国境線だ。かなり高台である事がおわかりかと思う。従前は斜面の雑木林だったかと思われる。現在は見渡す限りの柿畑だ。果樹栽培で生計をまかなっておられるのだろう。此の地にクスノキの巨木があると聞き及び、訪ねた次第。国道24号線を西下し、笠田の駅前付近から480号線を南下、高野山への途中から東へと左折した農道があって程なく到着する。ムラの中央部に存するのが児童館と地蔵寺と言われるお寺さん、高野山真言宗の寺の模様だが小さなお堂と墓地があるのみだ。集落規模も小さく僧職の方々は無住のようだ。恐らくこのお堂と児童館がムラの中心的施設であるのだろう。

伊都郡かつらぎ町は紀の川を挟んで南北に連なる区域である。果樹栽培が盛んな地域で、北部も南部も果樹畑ばかりだ。平沼田集落は南部地域の北向きの斜面に存在する。日当たりの面では不利だが、柿の栽培には不自由しないようだ。さて肝心のクスノキなんだが、児童館の庭に聳えていた。樹木は1本のみなのでイヤでも目立っている。大きさはザッとした目測だが、幹回りが5メートル位、樹高が18メートル位だろうか。樹齢は残念ながら不明だ。そらにしても環境が素晴らしい。眼下には紀の川を中心としたかつらぎ町の市街地が広がり、バックには紀泉アルプスの山脈が連なる・・・・・何とも言えない光景だ。座り込んでしばらくボッーとしていた。弁当を買って来なかった事を後悔することしきり、紀の川流域を眺めながらの弁当タイムは至福の一時であったろう。

現在は農道も走り車も使えるので不便は無いかと思うが、昭和の時代までは相当困難な生活ではなかっただろうか。かつらぎ町の市街地まではそれなりの距離がある。生活用品の買い出しでも簡単では無かったかと思える。地域のご先祖達は苦労して開墾されたのだろう。高野山の周辺を走り回っていると、こうした集落を彼方此方で見かけるが、末永く残って繁栄して欲しいものと願っている。高齢の方々が多いと思われるが、こうした地域こそ開発中の自動運転車が望まれるかと思う。道路が整備され自動運転車の運行が可能ならば、過疎化はある程度防御できるだろう。コンパクトシティの発想はともかくとして、生まれ育った在所で終活をとの願望は叶えられるかと思う。早急な開発をと願いたい。
 

富有柿の最盛期

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月10日(金)06時43分47秒
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  紀州北部は果物王国、そんな表現をしてきたが、今まさに言葉どおりの状況となっている。土壌が合うのか、紀の川流域は川辺から山の上まで全面に柿の木畑が広がっている。柿の収穫シーズンたけなわなのだ。地域の柿はヒラタネと富有柿に大別され、ヒラタネは渋柿で9月~10月の収穫、富有柿は甘柿で10月下旬から11月の収穫である。その富有柿が最盛期、農家の方々は収穫と出荷に忙しい。何せ1年の稼ぎをこの数ヶ月で叩き出すのだから。例年、この時期になると地域の直売所を訪ねるのが私宅の流儀、古くからの知人達に季節の便りを届けるためだ。実は子狸宅にも富有柿の木を植えており、沢山の柿が実っている。自家用の柿は庭の柿の木分でも持てあます程、今年は豊作みたいだ。庭の柿を送っても良いのだが、そこはそれ、やはり本場の柿を選択したい。地域の柿、具体的には九度山の柿なんだが、地元の方が「日本一の柿」と自称されるだけの事はある。実際に賞味していただくのが一番なのだが、此の地域の柿を食べると他地域の柿は一寸なあ・・・・・・・となってくる。

直売所を訪ねると柿の山、沢山の方々が物色中だ。贈答用は箱詰めの相応の品、自家用にはビニール袋に詰めたお徳用の品、選択し放題である。産地だけあってか価格もリーズナブル、車を走らせて現地まで出かける価値があります。出品者の氏名も表示してあるのだが、無論、面識も無く実態は不明だ。しかしながら耕作者が自分の名前を明記して出品している以上、全責任を負うとの覚悟の現れであろう。安心して選択出来る所以でもある。程よく見繕って知人への箱をチョイスした。現場には宅配便のトラックも横付けされており、その場で搬送できる仕組み、有り難い対応だ。運送業界も人手不足で配送が滞っているとか聞いたが、過重労働にはなっていないだろうか。運転手さんの健康が気がかりだ。配送料金も改定された模様だが、値上げ分は確実に運転手の方々に渡っているのか周知して欲しいものである。

柿の発送が終わって私宅の山の神は野菜類を捜していた。夕食は鍋の模様で、白菜や菊菜等を捜すのだが見あたらないのだとか。シーズン的にもまだ少し早いとは言え、他地域からの入手という手段もある。別に地元産に拘っている直売所でも無いかと思うのだが、一緒に探したが見つからず。地元に帰っていつものスーパーへと走らざるを得ないようだ。さすがにスーパーは全国(場合によっては海外からも)からの物流網、無い物は無いようだ。その分地元への愛着は薄れ、単なる消費者に堕してしまうのだが。栽培中の農園での白菜や菊菜等はまだ十数センチの大きさ、鍋での賞味には少々早いようです。これが一番の安心ではありますが。
 

荒田神社のクスノキ

 投稿者:森の子狸  投稿日:2017年11月 8日(水)06時46分26秒
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  荒田神社は岩出市の古社である。信長の紀州攻めの兵火も有り、詳細な記録等は残っていないようだ。伝承では江戸時代の初期に再建された模様で、現在の社殿は15年程前に解体修理されたとか。森集落の中程に鎮座されており。近隣六ヶ村の産土の神であるそうな。静まりかえった境内はひっそりとしており、近隣の方々が日常的に参拝される慣習でも無さそうだ。何処の寺社でも一緒かと思うが、祭礼日以外の平常はこんな感じであろう。子ども達も少ないかと思うので、一頃のように寺社が遊び場となる事例も少ないのだろう。荒田神社にはクスノキの巨木があると聞き及んで訪問したのだが、境内の森はクスノキの樹種が多そうだ。一際大きなクスノキは本殿右手にあった。どうやらこの樹木がお目当てのクスノキのようだ。ザクッと目測して、大きさは幹周りが5メートル位、樹高が20メートル位であろうか。地上7メートル位まで直立し、その後枝幹が数本に別れている。一説によると樹齢は300年位だとか。樹齢が正しいとすれば、再建後の植栽なのだろう。兵火も過去の話となり、平和の時代が到来して寺社の整備にも力が入ったのだろうかと思われる。

森集落は岩出市の中程、国道24号線で走っても京奈和道で走っても、一寸中に入り込んだ位置となる。ランドマークとして適当なのは市役所の庁舎であろうか。市役所を目標とすれば、24号線が便利かと思う。24号線で西下し、市役所への分岐で逆に右折して北上すれば直ぐの位置だ。神社の門前に数台分のスペースがあるので、多少の訪問客は駐車可能かと思う。上述のように参拝客も少ないかと思われるので、心配は不要でしょう。

岩出市は純然たる農村地帯だったかと思われるが、近年は国道24号線添いに店舗が無数に建築され、田畑も開発されて住宅街と化してるようだ。和歌山市に隣接する事もあり、通勤客のベットタウンとなってるのだろう。つまり旧村としての住民と新興の移住組とが混在しており、調和を図るのが難しいのではなかろうか。かっては村落住民全部が氏子であり檀家であるのが通常であった。共同作業というか連帯行動は常であったのだ。住民が混在するとこうした働きは困難で有り、寺社の維持管理には難点が伴うのだろう。祭礼の実施も危ぶまれるかと思う。新興住民を如何に取り込んでいくかが寺社の大きな課題、強制も出来ないし無視も出来ない。荒田神社のみならずだが、大きな分岐点に直面しているようだ。
 

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