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マヤの神話ポポルヴフ

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 7月31日(月)09時44分24秒
返信・引用
  トウモロコシから創られた人間
神話によれば世界はマヤの聖域の神々の意志によって無から生み出されたとされる。その神々を敬い、祭壇に供物(くもつ)を捧げ、祭祀を行わせるために人間を作ろうとした。万能の神々
にしては中々うまく行かず、泥や木で作っても失敗し、最後にトウモロコシでやってみた
らマトモな人間が出来たという。
この書の主人公たる二人の英雄の誕生もまた奇想天外で、球戯場の隣の木に吊るされた父
親の首が唾を吐き、木の実に誘惑され近づいた冥界の神の娘が身篭(みごも)るという次第である。
二人は父親の仇討を果し、光となって昇天し、太陽と月になる。
この書ポポル・ヴフの原典は、マヤ文明が千年近く受け継いた物語を、中米グアテマラ付近に11世紀頃住んでいたマヤの一部族キチェー人の誰かによってアルファベットで書かれたものである。その著者は書中で、既にマヤ語で書かれた元の書は失われていたと記している。やがて神父ヒメネスによりスペイン語に書き写されたのもが発見され、マヤの神秘に満ちた広大な世界観を我々が知る事となる。
この超絶した文明の一端を、世界的研究の現在進行形として改めて把握して行きたい。

「世界古代文明の謎を探る」(13)「マヤの神話ポポル・ヴフ」
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 横山玲子さん 東海大学教授 著書「マヤの時間」他
日 時 平成29年10月14日(土)午後2時から5時
会 場 豊島区生活産業プラザ703号室(池袋駅東口徒歩8分)
費 用 お茶代込み参加費二千円
備 考 画像を見ながらお話し。後半はゲストを交えたお茶会です。
連絡先 TEL049(258)3218 松原まで



http://www.gilishya-shinwa.com

 
 

日本人の先祖とは?

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 7月11日(火)11時39分24秒
返信・引用
  古代、私達ちの先祖はどこから来たのか
~北、南、そして半島から~
古代人が日本本土を「オオヤマトトヨアキヅシマ」と言う明確な島ととらえていた事は、考えれば不思議である。いずれにしろ日本は四方(よも)を海に囲まれ、日本を島と知るにはどう
しても一回りしなくてはならず、小舟では危険な荒ぶる黒潮を避ける事は出来ない。
「先祖達ち」は相応の準備を整え、失敗を重ねつつ遠い古代に、葦原(あしはら)の拡がる山紫水明(さんしすいめい)のこの地に辿り着いたものと思われる。
通説では後期旧石器時代、およそ4~2万年前ごろ、後に縄文人と呼ばれる人々が列島に渡って狩猟生活を送り、その後、新石器時代にいわゆる弥生人が渡来して、稲作などの農
耕文化を伝えたとされる。
北の蝦夷(えみし)の地からは夙(つと)にアイヌ人が列島に住んでいたが、彼らは縄文人の遺伝子を色濃く残していると言われる。南の海路からは日本近海の当時は貴重な産品であった宝(たから)貝(がい)を採るために、中国南部から台湾、東南アジアの人々が黒潮に乗ってやって来たと、民俗学者の柳田国男氏は竿頭(かんとう)衣(い)や入れ墨など共通する証拠を挙げている。また江上波夫氏は北方騎馬民族が朝鮮半島より半征服者としてやって来て日本に古代国家が生まれたとの説を述べた。
講師の「フィールドワークの鬼」堀内氏は、国内及び海外の現地調査を幾度も重ねて来た。その結果をもとに、私たちの先祖がアイヌ人なのか、中国人なのか、朝鮮人なのか、あるいはそのどれにも属さない何がしかの混血として今に至るのか、本日明らかにしてくれる筈である。

「世界古代文明の謎を探る」(12)日本人の先祖とは?
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 堀内好浩山梨県立大学特任教授
日 時 平成29年9月30日(土)午後2時から5時
会 場 豊島区イケビズ第2会議室(池袋駅西口徒歩9分)
費 用 お茶代込み参加費二千円
備 考 画像を見ながらお話し。後半はゲストを交えたお茶会です。
連絡先 TEL049(258)3218 松原まで
道 順 東京芸術劇場の裏手の劇場通りを池袋警察署、消防署の方角に進むとその先に。

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龍の起源

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 6月12日(月)21時46分56秒
返信・引用
  中国古代文明に龍の姿有り
魔物か聖獣か?グロテスクな姿と得体の知れない能力を秘めた龍(竜)は、我々にとってその存在を無視する事が出来ない常に大きな謎であり、人間の想像力が生み出した巨大
なモニュメントであり、みな底に潜み、地上でのたうち、雷(いかずち)と共に天(あま)がける、エネルギーに満ちた永遠の生命体とも言えるのではないだろうか。
龍発祥の地、中国では伝統的に龍は降雨や洪水などの水を制御し、また縁起の良さ、強さ、そして幸運の象徴でもある。五つの爪の有る龍は皇帝の権威を現していた。中国人は民族的アイデンティティの印(しるし)として「龍の子孫」と言う言葉を使うことがある。更には龍と
そのモチーフは日本を始め東南アジアに広く伝播し、文化の深層を形作っている。
ところでその龍はいつ何処でどのように生まれたのであろうか。一般的には古い中国文明の紀元前5千年紀に、渤海に注ぐ遼(りょう)河(が)の一帯で、様々な動物トーテムが複合して出来たとされる。
しかし事の真相とその不思議な(生い立ち)については、中国出身で龍研究の専門家、汪先生の解説を待ちたい。

「世界古代文明の謎を探る」(11)龍の起源
主 催 アストライアの会  協力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 汪義翔東京理科大学準教授 比較文明学会幹事
日 時 平成29年8月25日(金)午後2時から5時
会 場 豊島区生活産業プラザ601号室(池袋駅東口約8分)
費 用 お茶代込み参加費二千円
連絡先 TEL049(258)3218 松原まで
備 考 後半はゲストを交えたお茶会です。

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シーボルトが愛した花々

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 6月 8日(木)14時04分43秒
返信・引用
  シーボルトを虜(とりこ)にした日本の植物たち
 江戸にやって来たイギリスの植物学者ロバート・フォーチュンは日本人が身分の上下を問わず花好きであることに驚き、丹念に手入れされた庭や街の様子に感銘を受けました。
ちょうどこの頃、販売するために観賞用植物を栽培したり、生活を飾るためにそれをまた購入するようになりました。各地に花の名所が作られ、室町時代から始まった華道が一般庶民のものとなった時代でもありました。
江戸文化は都市の洗練された大衆文化と言えますが、美術品や日用品の中に花をモチーフとした文様が数多く見出され、江戸の人々が如何に花を愛で、身近なものとしていたかが伺い知れます。
ところで文政6年(1823年)、鎖国時代に日本の唯一
の貿易窓口であった長崎の出島に、シーボルトはオランダ商館医として赴任しました。彼の大きな目的の一つはの日本の植物についての研究で、「日本植物誌」を編纂し、また出島に植物園を作り1400種の日本の植物を育てました。
シーボルトが愛した花々の図絵を紹介しながら、花にまつわる当時の美意識を探っていきたいと思います。

「花と江戸の美意識(下)」シーボルトが愛した花々
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 大場秀章さん 日本植物友の会会長 東京大学名誉教授
   「シーボルト日本植物誌」監修・解説、他か著書多数
日 時 平成29年7月31日(月)午後2時から5時
会 場 豊島区生活産業プラザ601号室(池袋駅東口・徒歩約8分)
費 用 お茶代込み参加費二千円  連絡先 TEL049(258)3218 松原まで
備 考 画像を駆使したビジュアルなお話し。後半はゲストを交えたお茶会です。

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ラスコー洞窟より広がる世界

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 6月 4日(日)11時10分5秒
返信・引用
  秘められた洞窟の生ける過去
 数々の洞窟壁画で知られるラスコー洞窟はフランス西南部のドルドーニュ県、美しいヴェゼール渓谷を見下ろす丘の上にある。この地モンティニ
ャック村の少年四人は偶然に見つけた洞窟の、ランプに照らし出された壁画の動物たちの、生き生きと躍動する幻想的な光景に、子供心にも胸の高
鳴りを押さえる事が出来なかった…と大人になって後ち述懐している。
後期旧石器時代、1万6千年前頃から始まる日本の縄文時代より少し前、最終氷河期を抜け出ようとするその頃、南からピレネー山脈を越えてやって来たクロマニオン人の先祖たちは、眼下に広がる狩りの獲物に満ちた豊かなフランスの平原を眺め、この一帯を永住の地と定めたものと思われる。
はたしてこの無数の壁画はどのようにして、また何のために描かれたのであろうか。それ以前のネアンデルタール人(旧人)と違い、新人に属するクロマニオン人は現代の我々をも感動させる芸術を生み出す存在でもあった。旧石器時代、日本も含めアジア各地に広がって行った人類の足跡に、遥かに思いを巡らせてみたい。

「世界古代文明の謎を探る」(10)「ラスコー洞窟より広がる世界」
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 及川穣(みのる)島根大学準教授 日本旧石器学会会員
日 時 平成29年7月14日(金)午後2時から5時
会 場 豊島区生活産業プラザ601号室(池袋駅東口より8分)
費 用 お茶代込み参加費二千円
連絡先 TEL049(258)3218 松原まで
備 考 後半はゲストを交えたお茶会です。

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草原の覇者・匈奴とスキタイ

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 4月 9日(日)11時14分38秒
返信・引用
  風の如く騎馬は千里を駆ける
 ユーラシアの東西を繋ぐ通商の道シルクロードの他に、その遥か以前から草原地帯を通じたもう一つの道が有った。今日ではステップルートとも呼ばれている、中央ユーラシア
の北部草原地帯を通るルートである。
ここでは古くから騎馬民族が活動し、歴史上栄枯盛衰を繰り返した。彼らは馬の背に乗り、時に干戈を交えつつ、草原世界を舞台に物資の交換や情報の伝達を行った。
特に汗(かん)血(けつ)馬(ば)と称されるこれら北方騎馬民族の跨る馬は頑健で走行に適し、彼らがユーラシアの覇者となるに預かって力となった。
数ある騎馬民族の中でも「スキタイ」は最初に歴史書に登場する騎馬民族で、その墳墓から動物意匠を特徴とする夥しい金製品が発掘されている。彼らは「匈奴」を始めとする後の騎馬民族に多大な影響を与えた。その匈奴は紀元前4世紀頃、中国の春秋戦国時代に突如として北方に姿を現し、やがて強力なリーダー冒頓単于(ぼくとつぜんう)の許に強大化し、当時前漢を統一した劉邦(りゅうほう)(高祖)との雌雄を決する「白登山の戦い」は余りにも有名である。音楽を交えつつユーラシアの古代世界に思いを馳せたい。

「世界古代文明の謎を探る」(8)「草原の覇者・匈奴とスキタイ」
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
講 師 林俊雄創価大学教授  馬頭琴演奏家 橋本秀馬氏
日 時 平成29年5月27日(土)午後2時から5時
会 場 千早地域文化創造館音楽室(地下鉄有楽町線駅・千川駅)
費 用 お茶代込み参加費二千円
備 考 画像を見ながらお話し。後半はゲストを交えたお茶会です。
連絡先 TEL049(258)3218 松原まで

http://www.gilishya-shinwa.com

 

ギルガメシュ叙事詩

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 4月 3日(月)21時29分40秒
返信・引用
  粘土板が語るシュメールの英雄物語
~永遠の命を求める旅~
「悲しみと苦しみがあろうとも、湿りと渇きがあろうとも、嘆きと涙があろうとも、それでも私は不死を欲するのだ。」
神と人間の関係性、熱き友情と人間の成長、英雄はどうあるべきか。生とは、死とは何か。それらの命題が旅するギルガメシュ王の歓喜と悲哀、挫折と苦悩を通じて鮮やかに描かれている。
今から五千年ほど前、イラク南部には既に都市が出現し、謎多き民族とされるシュメール人による高度な文明が栄え、人々は粘土板に楔形(くさびがた)文字を記していた。そしてジグラートという階段のある高い塔を築いた。それはインドから来たと推測される彼らの故郷の山の頂で神々を礼拝していた
代わりと考えられている。楔形文字を初めとするシュメール人の文化的遺産は後のバビロニア、アッシリアの王国に引き継がれ、古代オリエント文明の礎(いしずえ)となった。そして
バベルの塔や洪水伝説など、旧約聖書にまで影響を及ぼしている。
そのシュメール文明の文学的金字塔といえる「ギルガメシュ叙事詩」が語る驚くべき世界を主人公ギルガメシュと共に旅して行きたい。

「世界古代文明の謎を探る」(7)ギルガメシュ叙事詩
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 渡辺和子さん 東洋英和女学院大学教授
日 時 平成29年4月28日(金)午後2時から5時
会 場 豊島区生活産業プラザ601号室(池袋駅東口徒歩8分)
費 用 お茶代込み参加費二千円
備 考 画像を見ながらお話し。後半はゲストを交えたお茶会です。
連絡先 TEL049(258)3218 松原まで         (イシュタル女神)
道 順 LABIという大きな電気店ビルの1階より裏口に出て、児童公園の奥に有ります。

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マリー・アントワネット朗読会

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 3月31日(金)20時45分0秒
返信・引用
  ヴェルサイユでのデビュー
遅い、余りにも遅い。王族を乗せた八頭立ての擬装馬車は目立ち過ぎ、また次々と起る予定外の不首尾により、秘密裏にパリを出てから既に20時間が過ぎていた。比べて
噂は矢よりも早く、ここヴァレンヌ、兄の待つオーストリア国境まで約50キロ、二時間もすれば行き着く所を、馬車をそしてマリー・アントワネットを六千の群衆が取り囲んでいた…。後に言うヴァレンヌ逃亡事件である。
オーストリア宮廷より政略結婚で嫁いだマリーは最初からフランスの民衆に憎まれる存在だった訳ではなく、花のように輝く幼い王太子妃は至る所で歓迎された。しかし何よりも退屈を恐れまた常に刺激を求めて、自らのそしてポリニャック夫人などの遊び仲間のために莫大な浪費を重ねるに至る。
しかしこの事件以降、彼女の心は大きな変化を遂げて行く。「不幸に陥って初めて、人は自分が何者であるか、本当に分かるものです」。
―命の最後の、いまわの瞬間に、平凡な人間であるマリー・アントワネットはついに悲劇に相応しい大きさに達し、その運命と同じように偉大となる―同書前文より。
彼女は今も私達の心の中に生き続けています。

「マリー・アントワネット」朗読会(翻訳物、シュテファン・ツヴァイク著)第3回
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 武松洋子さん 劇団創芸でヒロインとして活躍後、朗読会代表、本格派サロンも
日 時 平成29年6月29日(木)午後2時から5時
会 場 豊島区生活産業プラザ601号室 池袋駅東口徒歩約8分(区民センター裏手)
費 用 お茶代込み参加費二千円  連絡先 TEL049(258)3218 松原まで
形 式 前半は朗読、後半はお茶会で、文学サロンとして行います。歴史背景の解説も。

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マルコ・ポーロの東方見聞録

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 3月22日(水)12時07分19秒
返信・引用
  ベネチアから遥か元の都へ
マルコ・ポーロはローマ教皇と元帝国の皇帝の間を取り持つべく、故郷ベネチアより遥か未知の東方の地、ユーラシア世界へ旅立った。1271年の事とされる。それは駱駝(らくだ)の
隊列で雪のパミール高原を超え、熱砂と砂嵐のゴビ砂漠を渡り、戦乱や盗賊に悩まされながら、4年の歳月をかけて元のクビライ・ハーン待つ上都(じょうと)(元の夏の都)へ至る苦難の旅でもあっ
た。マルコとその一行はクビライにエルサレムから持参した聖なる油と教皇からの親書を渡し、その役目を果たした。
クビライはマルコの有能ぶりを認め、色目人(しきもくじん)として高位の役人に取り立て厚い信頼を置いた。こうしてマルコは中国本土はもとより雲南などの周辺地方に至る様々な土地に赴いて見聞を広める事になる。
クビライの許で既に17年の歳月が流れていた。ハーンはポーロ一家を手放したくなかったので、マルコらが望んでも帰国の許しを出さなかったのである。しかしついに元の同族国である西のイルハン国の皇帝に元の姫君を嫁がせる大命が下り、帰国の途に就く事が出来た。それはボルネオ、スマトラ、インドなどを過ぎて行く海路の旅であり、陸路の旅に劣らず危険なものであった…。

「世界古代文明の謎を探る」(9)マルコポーロの東方見聞録
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 竹田多麻子横浜ユーラシア文化館学芸員
日 時 平成29年6月27日(火)午後2時から5時
会 場 豊島区生活産業プラザ601号室(池袋駅東口より8分)
費 用 お茶代込み参加費二千円
連絡先 TEL049(258)3218 松原まで
備 考 後半はゲストを交えたお茶会です。

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マヤの蛇神ククルカン

 投稿者:アストライアの会  投稿日:2017年 3月 5日(日)14時54分23秒
返信・引用
  マヤの蛇神ククルカン
伝説によれば12~13世紀頃、マヤ人の中に一人の外国人が現れたらしい。この人物をマヤ人は「ククルカン」と呼んだ。「羽の生えたヘビ」という意味である。ククルカンは
マヤの都チチェン・イッツァの支配者となり、中米のユカタン半島で一番勢力のある酋長となった。誰もがこの人物を神として崇め、神殿はククルカンに捧げられ、羽のあるヘビが石に彫られた。ヘビの体はガラガラヘビに型どられ、うろこの代わりに聖なる鳥「ケツァール」の羽が付けられた。しかし彼は権力の絶頂にありながら、現れた時と同様にふいにまた姿を消してしまったという。
チチェン・イッツァの代表的建築物であるエル・カスティーヨ、一年に二度春分と秋分の日に太陽が西に傾くと、このピラミッドの影がヘビの胴体となって浮かび上がり、石の頭
像と合体し、巨大なヘビが姿を現す。降臨したククルカンは更にその先にある聖なる泉セノーテの水を飲むとも言われている。
マヤ文明は実に謎と驚異に満ちている。白人渡来伝説しかり、アトランティス大陸説、驚くべき正確のマヤ暦、石に彫られた4万種のマヤ文字は果たして何を語るのか。
この超絶した文明の一端を、世界的研究の現在進行形として改めて把握して行きたい。

「世界古代文明の謎を探る」(6)マヤの蛇神ククルカン
主 催 アストライアの会  協 力 日本セカンドライフ協会
ゲスト 横山玲子さん 東海大学教授 著書「マヤの時間」他
日 時 平成29年3月18日(土)午後2時から5時
会 場 千早地域文化創造館第3会議室(地下鉄千川駅3番出口)
費 用 お茶代込み参加費二千円
備 考 画像を見ながらお話し。後半はゲストを交えたお茶会です。
連絡先 TEL049(258)3218 松原まで

http://www.gilishya-shinwa.com

 

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